第25話 Dolphin
仕方なしに、紗斗里は決断した。
「では、僕がトランスを解いて、封印しておいたデュ・ラ・ハーンの人工知能プログラムを作動させますか?」
「……何もしないよりは、その方がマシだろうな。
式城先生、よろしいですか?」
「許可します」
紗斗里が目を瞑ると、再び開いた時には楓になっていた。そして、第一声が以下のようなものだった。
「あの……。1年後に死んじゃうのも、超能力の一種なんじゃないかな……?」
「それはあり得るね」
そう答えたのは、紗斗里だ。他の五人は、思いもつかないアイディアだったのか、驚いた様子である。
「しかし、その意見が正しいとしても、何も解決にならないのが事実だね」
紗斗里はそう言い、直後「あっ!」と声を上げた。その理由は楓が語る。
「ううん。もし、それも超能力なら、超能力を使う力を完全に封じてしまえば、死なないわけだよね?」
紗斗里が「あっ!」と声を上げたのは、この楓の意見がプラグを通じて紗斗里まで、一瞬早く伝わったからだ。
「自分を殺す超能力?そんなのあるのか?」
「紗斗里。死んだ人の死因って、どうなってる?」
既に検索済みなのか、紗斗里はすぐさま答える。
「判明している限りでは、全て突然の心停止。それ以外は、原因不明。というか、死因に関して詳しい情報は無い。
そうか。それなら『TIGER WHITE』白虎を、単独でソフト化して、幾つも取り付けてみますか、楓?」
「そんなこと、出来るの、紗斗里?」
表情の乏しい楓なりに、精一杯驚きを表現して楓は言った。
「やってみなければ分かりません。
で、楓の作ろうとしていたプログラムと、どちらを先にします?」
「僕の意見を取り入れてくれるの?」
「ええ、もちろん。被害者は他ならぬ楓なのですからね。
それで構いませんよね、睦月先生?」
しばし、睦月はその質問には答えず、真剣な顔をして考え込んでいる様子だった。
そして、紗斗里が「睦月先生?」と再び呼び、問い掛けようとしたところで、睦月は言った。
「いえ、今は、楓が考案したプログラムの製作に専念して頂戴。
一晩で出来るかしら?」
「いえ。今回は二晩続けて他の研究室の研究の妨げにならないよう、同時進行出来る程度に専念しようと思っていますし、専念しても一晩で出来上がるような代物ではありませんから、一週間ほど、他の作業と同時進行でやらせてもらいます。
楓も、それでよろしいですか?」
「うん」
「結果として、デュ・ラ・ハーンを上回る、僕たちと相性の良い人工知能プログラムが完成すれば良いのですけどね」
「俺たちとしちゃあ、そうなると悔しい気持ちもあるんだけどな」
苦い顔をして、疾風。
「だって、そうだろ?
他ン所の作り出した人工知能プログラムを、楓ちゃんの考案したプログラムで改良したプログラムが、俺たちが全力を以って作り上げた人工知能プログラムを上回る、ってことになるんだからよ」
「着眼点の違いでしょう。恥じることはありませんよ。
さて。今日は他に、何をしますかな?
何かのゲームですか?
デュ・ラ・ハーンを取り込んだ今、僕は運の要素の無いゲームは負ける気がしませんよ?」
「僕も、負ける気がしないよ?」
楓が、強気な発言をした。それには、根拠があった。
「だって、僕、どうしてか分からないけど、今は紗斗里の考えている事、全部正確に読み取れるもん」
「……!
どうしてそんな事が!」
「何か、紗斗里とテレパシーで繋がっているみたいな感じがするんだ」
「そうか!プラグを接触点とした、接触テレパシーか!
そういえば、楓は一度、気になる事を言っていたね。僕の中の情報処理速度が加速していると。
そうか。接触テレパシーか。それは気付かなかった」
『Ha-Ha-!
残念。それは接触テレパシーでは無いネ』
楓の頭の中に流れたメッセージに、紗斗里は素早く反応する。
「誰だ!」
「紗斗里、落ち着いて。
このメッセージは、だたのデュ・ラ・ハーンだから」
「「……?」」
『Youの使った能力、エレクトリック・コントロールの一種、コンピューター・コミュニケーション『Dolphin』ネ。
Youなら、コンピューター・コントロール『Shark』も使いこなせるのではないカナ?
素晴らしい才能ネ。
方向性は違っていても、Meと戦う能力を身に着けられる可能性が十分にある、素晴らしい才能の持ち主ヨ。
そうやって、鍛えると良いネ。
Meはあの日から丁度1年、待ち続けるヨ。
楽しみにしているネ』
「これが、デュ・ラ・ハーン……」
紗斗里は唸った。
「どうやら、僕の読み取ったプログラムは、デュ・ラ・ハーンの一部でしか無い事は、間違いないようだな。
けど、超能力を発動する能力と、全く無関係であるというわけでもなさそうだ。
研究の余地があるね」
「そんなことより、まず将棋でも指そうよ。昨日、遊べなかった分、それ以外にも色々と遊びたいんだから」
「分かったよ。しばらく僕が勝ち続けているから、少し手加減してあげるよ」
「え~。そんなの、面白くない。
だって、手加減している事が、プラグを通じて伝わって来るんだもん。
本気で指してよ」
「分かった、分かった。
でも、相手の手の内が分かっている将棋なんて、楽しいかい?」
楓は「あっ!」と声を上げた。
「それで、いつも紗斗里は勝っても喜んでいなかったんだ。
そういう感情が無かったわけじゃなかったんだね。
でもいい。やってみれば、いつもの紗斗里の気持ちも分かりそうだし」
「持ち時間は?」
「無制限」
楓のこの提案の為、この日はこの後、勝負がつかず、夜になってしまい、途中で楓が帰る事になってしまったのだった。