個人戦勝敗予想

第35話 個人戦勝敗予想

 団体戦の一回戦が終われば、次は個人戦の一回戦が始まる。
 
「みんなー、対戦表、手に入れて来てあげたわよー」

 本来ならその後でしか手に入らない筈のものを、美菜姉ちゃんは社員という立場を利用して、団体戦が行われている間に手に入れて来た。
 
 やっていることが、何というか、卑怯ひきょうな気がしないでもない。
 
「どれどれ」

 未だ団体戦を半分も消化していないが、注目すべきあのCPUチーム・パンツァースピリットは、既にその姿を大衆の前にさらけ出していた。
 
 その圧倒的強さと、プレイヤーが居ないという特殊性から、注目を集めている。
 
 そのために、最初は一回戦で優勝候補の最有力チームであった昨年の優勝チームを倒したことによって観衆を驚かせた俺たちの存在感も、今はかなり希薄きはくになってしまっている。
 
 彼らは試合のみならず、デモンストレーション用に用意された対CPUキャラクター戦専用に設定されている二つの筐体の中でも、客にその存在感をアピールしている。
 
 自分のキャラクターは使えないというのに、今は順番待ちの行列が出来るほどの騒ぎだ。
 
「うわ、三回戦で当たるよぉ」

 半ば予想していたこととはいえ、早い段階でパンツァースピリットと当たってしまうという事が、俺たちのヤル気を大幅に奪い去っていった。
 
「関係・ナッシング!優勝が約束された俺たちにとって、あの程度の相手など、恐るるに足らず!

 はーっはっはっはっはっは!」
 
 猪子に乗っているのは、予選ではチームのお荷物でしかなかった圭だ。
 
「味方を倒しておいて、何を偉そうに」

「シャラップ!

 勝てば官軍、死人に口なし!必殺技も使えぬ奴など、いてもいなくても同じだ!」
 
「何いっ!」

 そう……試合の最中に初めて気づいたのだが、この5対5のチーム戦では、味方にも攻撃がヒットしてしまうのだ。
 
 そして、よりにもよって、圭の必殺技の一つ『玄武』が、敵も味方も関係無しに、地上に居る、自身以外の全ての者にダメージを与えるという性質のものだったのだ。
 
 聞けば、団体戦が開催されるようになってから、すぐに獲得が禁止になったタイプの技だという。
 
 お陰で、圭が調子に乗ってしまい、手の付けようが無い。
 
「個人戦の方は、まずスーパーライトがスーパーヘヴィーを潰しそうね」

 美菜姉ちゃんが個人戦のトーナメント表を見ながら、めぼしいキャラに丸印を付けて、注目すべき試合をチェックする。
 
 全部で112の名前が並んでいて、俺たち四人は残念ながら、誰一人としてシードには入っていない。
 
「……本当だ。二回戦で当たる」

「羅閃が勝ち上がって行けば、三回戦でジャンヌJr.、四回戦でそれの勝ち上がった方と当たるわね。

 ……あら。しかも準決勝は、百合音で確定じゃない。
 
 百合音の近くにも手強いのは2・3いるけど、百合音に勝てる程強い奴じゃないわ。
 
 で、私の方は、と。
 
 ……うわぁ、勘弁して欲しいわぁ。大会常連の強い連中が、私の周りに集中してるじゃないの。
 
 しかも、勝ち上がっても準々決勝で、ジャックJr.と当たりそう」
 
 見れば、俺の知らない名前で丸印のついているキャラは、ほとんどが美菜姉ちゃんのいる一角に固まっている。
 
 僅かに二人が、降籏さんの近くにいるだけだ。
 
 あとは三角印をつけられたキャラが居るが、美菜姉ちゃんの記す勝敗予想では、俺たちの中では降籏さんがそのうちの一人と当たるだけだ。
 
「ををををっ!」

 美菜姉ちゃんの勝敗予想がほぼ書き上がったところで、ケントが奇声を上げた。
 
「俺ってば、四回戦までは、大した相手と当たらねぇぞ!」

 美菜姉ちゃんの予想では、準々決勝の戦いは、一つ目が降籏さん対パイソンという名の丸印キャラ。
 
 二つ目が俺対スーパーライト。
 
 三つ目が美菜姉ちゃんとジャックJr.となっていて。
 
 四つ目のクリムゾンJr.の対戦相手のところに、クエスチョンマークが付けられている。
 
 ケントはその未確定の一角に居るのだ。
 
 そこにいる14人全てが無印。
 
 ケントも無印ではあるが、俺だったら三角印を付けるところだ。
 
「あやぁ。準決勝は私のジュニアかい。疲れるのよね、アイツとやり合うと」

 当然ながらケントの存在は無視されてしまい、準決勝の相手としてクリムゾンJr.という予想が立てられた。
 
「……いいッス。どうせそこまで勝ち上がれないし」

 確かケントは昨年、準々決勝まで勝ち残ったと言っていた筈だが、その程度で印を付けてくれるほど、美菜姉ちゃんの採点は甘くないらしい。
 
 これが一度きりじゃなかったら、三角印くらいはつけられていたかも知れないが。
 
「ま、良いとしましょうか。私も何とか二位になれそうだし、羅閃も頑張れば、三位になれそうじゃない。

 残念ねぇ。こっちのブロックに居れば、決勝を百合音と競って、二位になれたのに」
 
「読みが浅いと思うけどなぁ……」

 そもそも、CPUキャラが丸印というのが気に食わない。
 
 確かに、並のプレイヤーよりは遥かに強いと思ったが、所詮は俺たちの動きをアルゴリズムに組み込んだだけではないか。
 
「そもそも、大会の上位入賞者を、甘く見過ぎていないか?」

 CPUキャラクターの連中も、過去の大会の上位入賞者に当たれば、あっさりと……おや?当たらないぞ?
 
「しょうがないじゃない。去年の優勝者を、百合音が予選で、いとも簡単に負かしちゃったんだから。

 彼、キャラクターを三度も変えて、五度も優勝している実力者だから、二重丸付けたいくらいだったのに」
 
 ……確かそいつ、降籏さんに瞬殺されてたよな。
 
「もう、いいッス」

 俺もケントと同様に、締まりのない顔をして脱力した。
 
 彼女の素晴らしい活躍ぶりは、聞けば聞く程、俺の望みを消してゆく気がする。
 
「……ちょっと残念です」

 処刑人・降籏 百合音が、不満そうに言った。
 
「せっかく、決勝戦で記念すべき100勝目を、蒼木さんから勝ち取ろうと、ずーっと思っていたのに」

「百合音……」

 美菜姉ちゃんが、まゆひそめる。
 
「アンタ、そんなこと考えて、勝ち星の調節してたの?」

「だって……」

 拗ねた口調で、降籏さんは言う。
 
「私のライトタンク、ヘヴィータンクで倒されたんだもん」

 ……俺、こんなお子様と婚約されるのかなぁ……。