第29話 賭け
「……そういえば」
コンビニから調達したゼリー状ドリンクを啜りながら、俺は椅子を確保して座っている主任と美菜姉ちゃんに訊ねた。
もう試合の無い真次と圭は食事に行っていて、ケントは試合中だ。
「主任の持ちキャラって、何?」
俺の質問に、主任はキョトンとした顔を向けて来た。
「私の試合、見てなかったんですか?」
「……主任の試合、何故か知らないけど、観客が集まっていて、見る場所が無くて」
無理をすれば見れたのかも知れないが、俺はどうも混雑した所は苦手だ。
「私のキャラは――」
「待った!」
言いかけたところを、横から挟まれた手と口とが遮った。
「これは、羅閃が分からないままの方が面白そうだわ」
美菜姉ちゃんの、見慣れたニタリとした笑顔。
ヤな顔だ。コレを見た後は、ロクな事が起こらない。
「え?でも……」
可愛らしい口調で言う主任に、俺はどうも違和感を感じる。
そうと知らない時には、どうということは無かったのだが。不思議なものだ。
「あの3人にも、戒厳令を出しておくわ。
羅閃、あなたも百合音の試合は見ちゃダメよ。
いいわね?」
「けど、すぐにバレますよ?」
「いいのよ。それまでに面白くすれば!」
ちなみに美菜姉ちゃんが起こす面白い事は、大抵の場合、俺を不幸にする。
「ねぇ、羅閃。私とちょっと賭けをしてみない?」
「ヤだね」
即答。
美菜姉ちゃんに持ち掛けられた賭けなんぞに乗ろうものなら、勝とうが負けようが俺が損をする事は目に見えている。
「中身も聞かずに断るかい、アンタは。
じゃあ、こうしましょうよ。アンタと百合音で賭けをするの」
……何を企んでいるのか知らないが、断るべきだろう。
「それも嫌だ」
「根性無し」
……ここで相手の挑発に乗ってはダメだ。それこそ奴の思惑通りになってしまう。
「ちなみにこの大会での成績で賭けをしようと思ったんだけど……。
そうねぇ。やっぱり運動バカじゃ、この大会に勝てないってことかしら?」
「俺に完膚なきまでに負けておきながら、何を偉そうに」
ヘタをすれば美菜姉ちゃんを怒らせてしまうようなことを、つい言ってしまった。
だが、幸いにも、今回はその程度では怒り出す事は無かった。
「私に勝てるのなら、百合音にも勝てるわよねぇ?」
「当然。現に他のキャラで戦って、俺は勝っている」
美菜姉ちゃんの、挑発的な笑顔が顔を見せる。これが出たら、要警戒。
「じゃあさあ。百合音がこの大会で優勝出来たら、どうする?」
「……あり得ないね。少なくとも二人は、主任より強い奴がいる」
注意深く言葉を選んで、俺は答える。
「そのうちの一人が、アンタって言いたいワケ?」
「勿論」
「なら、百合音が優勝したら、どんな条件でも飲んでくれるわよねぇ?」
……もしかして、俺は既に、ハメられていないか?
警戒が足りなかったか?
多分、まだ手遅れにはなっていないと思うが……。
「な、何でもっていうのは、ちょっと……」
ココで強気に出るのは、命取りだ。弱気と言うより用心して、俺はそう言った。
「あり得ないんでしょう?なら、いいじゃない」
「し、しかし……俺が勝つオイシサが無い訳だし……」
「アンタが優勝したら、スピリットのアルバイト、優先的にアンタに回してやろうじゃないの!
ついでに、大学を卒業したら、働き次第でスピリットの正社員の採用の話まで捻じ込んであげるわ!」
パァンッ!
彼女の手が、心地好いまでに高々と腿を打ち鳴らす。
……コレは罠だ。俺は魚じゃない。針が仕込んであると分かっていて、誰が餌に食いつくものか!
「百合音の優勝はあり得ないんでしょう?なら、少なくともあなたは負けないってことでしょう?」
「そういう問題じゃ、なくてだな……」
「アンタ、二言でも唱えるつもり?男らしくないわねぇ~」
「だから、俺の話を――」
「それとも、女みたいな顔してるから、根性まで女らしくなったのかしら?」
ピシッ。
俺の中で、何かが弾けた。
「どうするの?羅閃ちゃん?」
この野郎――いや、野郎では無いが――、言わせておけば、言いたい放題……!
「どーするの~、名前だけは男らしい、羅閃ちゃん?」
「受けて立ってやろうじゃねぇか!」
気付いた時には、俺は既にそう言い放っていた。
「「やったぁ!」」
喜び、手を打ち合わせる二人。
……何も言うな。俺には他の選択肢は無かったのだ。……多分、最初から。
「で、そっちが勝った時の条件も、一応、聞いておこうか」
一応、という部分に力を込めて、俺は言った。
二人は譲り合いの末、美菜姉ちゃんがそれを言う事に決まったようだ。
どちらが言っても別にどうでも良いが、条件について話し合わないというのは、どういうことだろうか?
まるで最初から決まっていたように感じるのだが……。
「百合音が優勝した場合には……」