第23話 頭数
「そんなに力を込めるなよ!
あそこまで削ったんだから、降籏さんでも勝てるって!」
「私でもって、どういうことですか!」
抗議する彼女を筐体に押し込んで、俺は更に続ける。
「負けたのは、確かに、俺が遊び過ぎたせいだ。それは認める。けどなぁ……」
「成績に関係ないからなぁ、団体戦は」
「うっ……」
返答に詰まる。
「経験値、入らないもんなぁ、いくら頑張っても」
だからといって、決して手を抜いた訳では無いのだが……。
「そういやぁ、蒼木が挑発なんて使ったの、初めてだよなぁ……」
……そうだったか?……いや、そもそも論。
「お前ら、俺の普段の試合を見ていないだろうが!」
「「「さぞかし楽しかっただろうなぁ……」」」
いっ、痛いところを……。
「百合音ちゃんが残っているけど、彼女、蒼木に負けてたからなぁ……」
そこで三人が一斉に大きく息を吸い込み。
「「「あーあ」」」
嘆息する。
「みんな揃って、酷いですよぉ!」
声を聞きつけた降籏さんが、ピョコンと顔を出して嘆いた。
……まぁ、あんな反応をされたら、誰でも嫌になるだろうな。
「こっちは気にしなくて良いから、降籏さんは試合に集中しようね。
大丈夫。ちゃんと勝てると思っているから」
「……本当ですか?」
軽くフォローを入れても、上目遣いに疑いの目を向けてくる。
「ホント、ホント。
相手も大した事無かったし、準備運動代わりだよ」
相手に残された体力は2割強。
本心からそう思って言ったのだが、彼女は少しの間俯いてから、キッと俺を睨んで筐体の中に姿を消し、やや乱暴にその扉を閉めた。
……何だろう。何か、気に障ってしまうような事を言ってしまったのだろうか?
「うーん……」
原因になりそうなことを思い返しつつ、向き直る。
ともあれ彼女の試合を観戦しなければと思いつつ、俺はスクリーンを見やすい位置に移動しようとしたのだが、三人が邪魔で進めない。
「どうした?」
言ってから、三人の向こうにはギッシリと観客が集まっていることに気が付いた。他の筐体の周りには、チラホラとしか人はいない。
「蒼木……」
ケントが、呆然とした面持ちで俺の頭上を指差す。ちょうど、スクリーンの辺りだ。
「……見えん」
振り向き、スクリーンを見上げながらバックするが、見える位置まで進むどころか、逆に押し返される。
「なあ、何が――」
観客のどよめきが、俺の声をかき消した。
直後。
『ホーッホッホッホッホッホッホッホ!』
頭上から、聞き覚えのある高笑いが聞こえる。
「何だ、何だぁ?」
あまりの混雑を見かねて、店員が観客を散らそうと駆け付ける。
俺が人を掻き分けて、スクリーンがそれなりに見える位置にまで移動するまで、30秒足らず。
たったそれだけの時間が過ぎる前に、二度目の高笑い。
そして俺がようやくその画面を見た時には、既に試合の様子など写し出されていなかった。
「……随分、早いな」
早いと言う事は、即ち、体力が満タンの降籏さんが勝ったということに繋がる。
まあ、喜ばしい事と言って良い。
ただ、釈然としないモノが心の片隅に転がっていた。
彼女を出迎えようと、俺は再び筐体の出口へと向かう。
あの三人は、馬鹿みたいに口を開いたまま、お互いの顔を見合わせている。
「……何だってんだ、一体?」
しばらく、筐体の前で彼女が出て来るのを待った。
すると唐突に、ポンッと肩を叩かれて振り向いた。
愕然とした表情のケントの顔が目に飛び込んできて、俺は思わず仰け反った。
「……良く聞け、蒼木」
言ったケントを圭が押し退け、珍しく真剣な目をしてその続きを継いだ。
「頭数にされたのは……俺たちの方かも知れん」
「……?」
おかしなことを言うものだ。
そう思っていると、筐体の扉が開く小さな音が聞こえて来た。
三人が一歩退く。
「……どうしたんだ、お前ら?」
やはり、どうも様子がおかしい。
何はともあれ振り向いて、労いの言葉でもかけてあげようと口を開くものの、口を尖らせている彼女を見て止まった。
「……どしたの?」
あの速さで決着が着き、まさか負けている筈は無い。
降籏さんは俺を見上げ、不満そうに口を開いた。
「あんなの、準備運動にもなりません」
言ってから、少しの間はしかめっ面をしていたが、やがてニッコリと笑う。
……あ、そうか。
ようやく一つ、合点がいく。
準備運動代わりと言ったことが、彼女の気に障ったのだろう。
随分と細かいことを気にするものだ。
「さ、お昼食べに行きましょう」
まあ、理由はともかく、彼女の機嫌が直ったので由としよう。
……そういえば。
待ち時間が1時間ほどある事を確認してから、彼女に手を引っ張られるように店を出て。
ああ、試合に勝ったんだなという実感がようやくじわじわと湧いてきた。
普段とは一味違った、何とも言えない嬉しさがある。
まあ、勝ったとはいえ、俺個人は二度も情けない負け方をしているので、それは十分に反省しなければならない。
個人戦では、一度負ければ、それでオシマイなのだ。
少なくとも、降籏さんよりも早くに負ける訳にはいかないだろう。
目標は、予選突破。そして……。
……ん?何か、忘れているような気がするな。
何か気になっていたことがあった筈だが、まあ、すぐに忘れてしまったのだから、大したことではないだろう。
そう思いつつ、俺たちは早めに昼食を済ませるべく、ファーストフード店へと向かった。