究極の戦術

第16話 究極の戦術

 試合が始まるまでの時間を利用して、俺はオプションルームに向かった。
 
 予選の試合はかなり後の方になったので、およそ30分の時間があるとケントは言っていた。
 
 それだけあれば、ジャンヌ・ダルクとの戦いのイメージトレーニングをするには十分だろう。
 
 とにかく、あのジャンヌ・ダルクに勝てなければどうにもしようもない。
 
 逆に奴に勝てるようになりさえすれば、個人戦で優勝の可能性すら見えて来る。
 
 まずは昨日の分をチェック。7戦の中で、最もしい負け方をした試合だ。
 
 敗因は明らか。ようやく手に入れたガード必殺の使い方が悪かった。
 
 いや、そもそもあの設定が悪かった。
 
 効果時間が10秒で十分だと思っていたのも、消費を1ランクだけ上げたのも、今はどちらも後悔している。
 
 10秒。試合が行われる200秒の中で、たったの10秒だ。
 
 実戦で使ってみて、初めてその時間の短さを痛感した。
 
 使い続けていたら、気付いた時にはスキルゲージが底をついていた。
 
 最後には決め手を欠いて、逃げている内に時間切れ。
 
 見ていて、自分でも情けなくなる。
 
 クスクスクス。
 
「……見るのは良いけど、笑わないでくれないか?」

 背後からの含み笑いで、集中力まで途切れてしまった。
 
 その笑いの主・降籏さんは、おとなしく試合を見ていれば良いものを、俺の後についてきて後ろから画面を覗いている。
 
「あ、ごめんなさい。

 けど、十分に善戦しているじゃないですか」
 
 ついでに言うのなら、彼女が来ていると言う事は、当然――
 
「こんな奴に謝る必要無いって、百合音ちゃん」

 圭と――
 
「そうそう。単なる八つ当たりなんだから」

 ケントもついて来る。
 
 ただでさえ狭い部屋だというのに、鬱陶うっとうしいったらありゃしない。
 
 他のチームの試合を見て、真面目に対策を考えているのは、真次一人だ。
 
「なあ、ケント。

 お前の目から見て、ジャンヌ・ダルクの弱点は何だと思う?」
 
「……無いんじゃないか?

 強いて言うなら、もっと速くてもっと上手い奴には苦戦すると思うけど」
 
「やっぱり、その程度か……」

 俺が感じていたのと同じ答えに、予想していたとはいえ、少しがっかりした。
 
 それを実行するには、100万どころでは済まない莫大ばくだいな経験値を費やすか、もしくは新たなキャラクターを作り直す必要がある。
 
「けど、動きがやけにスムーズなんだよな、彼女の場合」

 もしかしたら経験が上のケントなら、他にも見つけられるかも知れないと、僅かな望みをたくしたのだが……。
 
「俺が思うに――」

 圭が切り出したところで、俺は目線を再び画面に戻す。
 
「何故、そこで無視をする!」

「うるさい!勝つことより、楽しむ事を目指しているお前の意見なんざ、参考にならん!」

「俺の話を聞けえええええええええええ!」

 肩を押さえて思いっきりすられて、俺はたまらずに言った。
 
「聞くから、やめろ!」

「俺が思うにだな」

 ビシッと人差し指を立て、圭はえらそうな講釈こうしゃくを垂れ始めた。
 
「第一に、奴はガード必殺に頼り過ぎている。

 まずはアレが途切れるまでの時間を正確に知り、途切れる瞬間に必殺技を叩き込む。
 
 もしくはその直前に、連打系の必殺技を叩き込むと効果が見込める」
 
「「へぇー」」

 俺と降籏さんが、同時にそう返す。
 
「或いは正面から必殺技を叩き込んで、膠着こうちゃく時間に背後に回り込む。もしくは投げも有効だと思うぞ。

 コレが二つ目だ。
 
 第三に」
 
 中指も立てて、薬指も立てる。
 
「安い技で良いから、消費の少ない必殺技を買って、ちまちまと削り続ける」

「大会が終わるまでは性能を変える事が出来なくなっているから、手遅れだな」

「第四に、これがある意味究極の勝ちパターンだが……」

 小指も立て、上半身を乗り出して顔を近付けて来たので、俺は逆にる。
 
「必殺技で一発けずって、あとはひたすら逃げて勝つ!これだあああああああああ!」

 一人熱くなる圭。期待して聞いていた俺たちは、逆に冷めてしまった。
 
「……何て言うか」

「後ろ向きな戦い方ですね」

 降籏さんの言い方は、むしろ柔らかい表現だ。
 
 俺ははっきりとこう――
 
「俺はやらんぞ」

 冷たく言い放つ。
 
「何いいいいいいいいい!

 ただひたすら勝つことを目指すと言ったあの言葉は、嘘だったとでも言うのかああああああああああ!」
 
「そんなことを言った覚えも無ければ、そもそもそんな戦い方で勝てるとも思えんぞ」

「知った口を利くなあああああああああ!」

 俺の座っていた椅子が揺すられる。逃げていなければ、揺すられていたのは俺だろう。
 
「そもそも、機動性で勝っていなければ、出来ない戦術だろ?

 その戦術は、どちらかっつうと、ジャンヌ・ダルクが使った方が、有効じゃないか?」
 
「をををを!俺が長年かけて編み出した究極の戦術を、こいつらはああああああ!」

 こんなものに本当に何年もかかっているようなら、圭の行く先にも見込みが無いな。
 
「さて。そろそろ真面目に考えないとな」

「俺のは真面目じゃないというのかあああああああああ!」

 圭の叫びを聞きながら、大会の方よりも騒がしくなっているのではないだろうと思いながら。
 
 ふとある事に気付いて、俺はケントに向き直って訊ねた。
 
「ライトタンクとヘヴィータンクには、どう対処したらいいと思う?」