チークキス

第11話 チークキス

「そいつはどうも、可愛いお嬢ちゃん」

 一字一字、力を込めて言ってから、手をグイッと引っ張り、素早く顔を近付ける。
 
「「てっ……!」

 次の瞬間に起こっていた事に、圭とケントが怒りで顔を真っ赤にし、俺を指差して叫ぶ。
 
「「てめえっ!やりやがったな!」」

 俺は重ねたほおと唇を離すと、悪意を込めた微笑みを彼女に向けてあげた。
 
 彼女は真ん丸に目を見開いて、すぐに左手で頬を覆った。
 
 その顔が、怒りと羞恥しゅうちとで見る見る赤くなっていく様は見物みものだった。
 
 数年間アメリカで過ごしていた俺にとって、その程度のチークキスは挨拶あいさつ代わりの様なものだ。
 
 普通の日本人ほど、キスをする事に抵抗は無い。
 
「あっ、あっ……」

 全身をわなわなと震わせて、彼女は再び口を開いた。
 
「あなたみたいな人になんて、ずぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇったい負けませんからね!」

 効果覿面。これほどの反応を返してくれると、こちらとしても気分が良い。
 
「まあ、いいけど。どうせ当たらないと思うし」

 調子に乗って、そう俺は言い返す。
 
「あら、勝ち上がる自信が無いのですか?」

「君みたいなお子様が勝ち上がれるほど、甘い大会じゃないだろ?」

 パァーンッ!
 
 閃いた彼女の掌が、俺の頬を高々と打ち鳴らした。
 
 ちょっと痛かったが、怒らせるつもりだったのだから、まあ仕方ないとしておこう。
 
 それでも。
 
「……りないねぇ」

 一言位は言わなければ気が済まない。
 
 それに対する彼女の反応は、実に微笑ましいものだった。
 
 べぇーっ。
 
 彼女は声は出さずに、そうやって舌を出して見せた。
 
 これはチャンスとばかりに、俺は彼女の唇を奪う。
 
 勿論その、可愛らしいピンク色の舌もそのままに。
 
 俺の舌が触れた瞬間、彼女の舌は引っ込んでしまい、同時に唇も離されてしまったが。
 
 ほんの一瞬の出来事だったが、これで十分な仕打ちになっただろう。
 
 俺は満足して、視線と顔とを上げた。
 
 圭とケントを見れば、握った拳をこちらに向けて力み、プルプルと震わせることによって無言の怒りを示している。
 
 ふざけているように見えなくも無いが、かなり腹を立てているようだ。
 
 ……今日の昼は、たかられることを覚悟せねば。
 
 思いながら、俺は結構腹が空いていることに気が付いた。
 
「そろそろ、昼飯食いに行こうぜ」

 返事は待たず、くるりと振り返る。
 
 右手がついて来ないので、再びくるり。
 
 振り返りながら――
 
「悪いけど……」

 『手を離してくれないか』と言いかけて、それ以上、言えなくなってしまう。
 
 彼女はうつむき加減でじっとたたずみ、悔しそうに唇を噛んだまま、ポロポロと大粒の涙を流していた。
 
 声も出さず、涙を拭おうともしない。繋いでいた手に、より一層の力が込められていた。
 
 圭とケントの視線が痛い。見なくても、睨んでいるのが分かる。
 
「……あ……その……、ゴメン」

 俺にはそう言う他、フォローのしようが無い。
 
 まさか泣いてしまうとは思わなかった。
 
「やり過ぎだ」

 真次に言われなくても、そんな事は分かっている。分かっているのだが、一体この俺にどうしろと?
 
 俺がそうしてほとほと困り果てたその時。背後から彼女に近付いた圭が、小さく震える彼女の肩を、ポンと優しく叩いた。
 
 助かった!と思ったのも束の間。彼女はその手を払い除けて、何故か俺にしがみつき、声もなく泣きじゃくった。
 
「「あ~お~き~くぅ~ん?」」

 圭とケントの声が重なる。
 
 彼女を引き剥がそうと思った時には、その両腕が俺の背中に回され、しっかり抱き付かれていた。
 
 力尽くでなら引きがせないでもないが、まさかそんなことをする訳にもいかないだろう。
 
「「ど~してかな~ぁ?」」

 ……何か、弁解する気もしねぇや。