第10話 降籏 百合音、見参
「おっ!来た来たぁっ!」
筐体に取り付けられた扉が、ゆっくりと開く。
そこからちらりと見えたやけにゆっくりした長い袖に、俺は少し驚かされた。
「……和服?」
「簡易愛染だよ!あの新しい着物!」
ケントが興奮して拳を握る。
簡易愛染とは、数年前にアメリカに渡ってブームを起こしたという、着付けを簡単にした着物の事だ。
発祥は日本だが、アメリカで日の目を見る事になって広まり、ケントも羽織り袴を一式揃えている筈だ。
金髪のケントには、死ヌほど似合わないけど。
「大和撫子は和服だ、和服!それ以外は却下だ!」
何気に他の女性を敵に回す発言をしているが、大丈夫か!?
「はいはい、分かった分かった」
力説するケントを適当に流して、筐体から出て来る人影を待つ。
そのうち、ピョコンと小さな姿が飛び出した。
明るい色を基調とした着物が良く似合う、幼い顔立ちの小柄な女性――女の子と言った方が良いだろうか?
背中まで伸ばした黒髪が良く似合う、可愛らしい子だ。
手にぶら下げたカラフルな手袋が、やけに野暮ったく見える。
「へぇー、道理で二人が騒ぐ訳だ」
「中途半端にコスプレみたいで、ヤだね。俺は」
「ハハハハ……」
真次は普段の様子からはそういうのは好きそうに思えるのだが、どうやら妙な拘りがあるらしい。
俺を迎えに来たのが真次だったのにも、理由があった訳だ。
「ゆっりっねちゃ~ん♪」
みっともない声と共に、二人がその子に駆け寄った。
両側から矢継早に声を浴びせられて、戸惑っているというか、迷惑そうな表情をしている。
可哀想に。こんなチームに関わったがばかりに……。
「コイツ、コイツ。
こんな時に遅刻した大馬鹿野郎、蒼木 羅閃。変な名前だろ?
こんな野郎、笑い飛ばして良いから」
その子を連れて近付いてきた圭は、一人で勝手にケラケラ笑い出した。
「コイツが、さっき言ってたジャックのプレイヤー。
百合音ちゃんの二十連勝を止めた酷い奴だから、あんまり関わらないようにね」
ケントもケントで、人を紹介するのに随分と酷い言い様だ。
俺は二人に非難の眼差しを送るが、ものの見事に無視される。
だが彼女は、俺から遠ざけるようにしていた二人を押し退けて、一歩前に進み出た。
彼女は少し見上げるように、俺は少し見下ろすように、顔を合わせた。
「降籏 百合音です。よろしくお願いします」
低くも高くも無い、あまり特徴の無い声。……何となく聞き覚えがあるのは気のせいか?
姿勢を正しておじぎをして来たので、コチラも釣られて会釈を返す。
「あ、こちらこそ初めまして。
聞いたとは思うけど、名前は蒼木 羅閃。
持ちキャラはタンクタイプのジャック。
大会が終わるまでの短い間だけど、よろしく」
俺がそう答えると、何故か彼女は悲しそうな顔をして俯いた。
どうかしたのかなと思っていると、やがて彼女はニッコリと笑顔を向けて、こう言った。
「私の20連勝を止めてくれたジャックさんですね?」
何処か作り笑いのように思える笑顔を見せながら、手を差し出してきた。
握手かな?そう思って、握り返す。
「……まさか得意なライトタンクで負けると思いませんでしたから、しっかりと覚えさせていただきましたから」
「……?」
俺の手を握り返す小さな手に、ぎゅっと力が込められている。随分と力んでいるように見えるが、大して痛くも無い。
……何だろう。棘のある口調だ。
「あなたも負け無しの20連勝を止められたんでしょう?ご愁傷様」
カッチーン!
誰だ、余計な事を喋ったのは?
しかも今の言い方は、頭に来たぞ!
割と好感を持てそうだなと思っていたのに、考えが変わりそうだ。
「もし個人戦で当たる事があったら、コテンパンに叩きのめして差し上げますから、覚悟しておいて下さいね」
恐らく年下と思われる――年上だとしたら、かなりの童顔だ――、そいつ――『そいつ』扱いで十分だ、こんな奴!――の意地の悪い態度に、俺も意地の悪い意趣返しをしてやることに決めた。
逃がさぬように繋いだ手に力を込めて。
「そいつはどうも、可愛いお嬢ちゃん」
一字一字、力を込めて言ってから、手をグイッと引っ張り、素早く顔を近付ける。