マンチキン

第5話 マンチキン

 係員が差し出すIDカードを項垂うなだれたまま受け取って、筐体から三人の元へと力なく歩く。
 
 三人は未だに団体戦の話で盛り上がっていて、俺に気付いた様子は無い。
 
 俺は圭の背後へと近付き、その肩をガシッと右手で掴んだ。
 
「うわぁっ!

 ……何だ、蒼木かよ。驚かせやがって。
 
 ……あっ!お前、負けやがったなぁ!」
 
 俺が元気を失った理由に気付いたらしく、圭は俺を指差して笑い出した。
 
 初めて、それもほんの十秒足らずで負けてしまって、俺はかなりのショックを受けているのに、気遣う様子は欠片も見られない。
 
「負けた?タンクタイプか?」

 ケントは驚いた様子で、そう訊ねて来る。せめてこのくらいの反応を、圭にもして欲しいものだ。
 
「いや……ジャンヌ・ダルクとかいう――」

「ジャンヌ・ダルクぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」

 圭の叫びが、再び周囲の視線を集めた。
 
 同じように驚いていたケントが、俺に喰いかかるように問い詰めて来る。
 
「幾ら入った!?――あー、レベル差ボーナスだ!」

「……見てない」

「衣装は?恰好は!?白いロングコートのジャンヌタイプか!?」

「……ジャンヌタイプ?」

「前に話しただろ!あの耳障りな高笑いで有名な奴!」

「ジャンヌタイプ……って、じゃあ、アイツが名前の由来なのか!」

 喰ってかかった俺の反応に、三人ばかりか、周囲でもどよめきの声が上がる。……俺たちの話を聞いていたのか?
 
「……マン……ン……」

 ケントが口元を押さえて呟いた言葉は、周囲の雑音に紛れて良く聞こえなかった。
 
「何だって?」

「『マンチキン』ジャンヌ・ダルク。連勝記録第1位。第一回全国大会優勝。

 言わずと知れた、ジャンヌタイプの名前の由来ともなったキャラクター……」
 
 気のせいか、その顔が蒼褪あおざめている。
 
「ジャンヌタイプって、趣味に走ったタイプじゃなかったのか?」

 真次もどうやら知らないらしく、そんな事を問い掛ける。
 
「初代だけは別なんだ」

「で、『マンチキン』って、何!?」

 異名という奴だろうか。或いは二つ名か。
 
 聞いた事の無い単語だ。そのまま『人鶏じんけい』……いや、『鶏人間にわとりにんげん』……でもおかしいが――という意味だとすると、ただ間抜けなだけで、異名には使われそうも無い。
 
「あんまり使われる言葉じゃないけど、ゲームなんかで、極悪非道な手段を使ってでも、強さだけを追求して作られたキャラクターを指して言う言葉だ」

「……その割には、ジャンヌタイプが廃れ過ぎてないか?」

「作れないんだよ!今の環境じゃ!

 ガード必殺最強の時代を知っているか?」
 
「いや、知らない」

「――よし。オプションルームでデータを見ながら、お勉強会と行こうか」

 歩きながら、ケントはシンクリストの歴史を語り始めた。
 
 シンクリストが世に現れたのは、11年前。
 
 最初は都内に数ヵ所設置されただけだったが、あっという間にその評判が広まり、日本各地にその筐体は設置された。
 
 当初は対コンピューター戦が多かったが、開発当初から予定していた通信対戦も機能し始め、以来、CPUキャラクターを見る事は無くなった。
 
 翌年、最初の全国大会が開かれた。
 
 その時は賞品としてオリジナルの必殺技が優勝者に与えられたが、翌年からそれは消え、賞金のみとなっているのは、有名な話だ。
 
 今年は10回目を記念して、その特別賞が復活したため、例年以上の盛り上がりを見せている。
 
 但し、それは個人戦に限っての話だ。
 
 団体戦は日が浅く、三年前から行われている。
 
 三度とも、フルタンクのチーム――全員揃ってタンクタイプのチーム――が優勝している。
 
 ちなみに、個人戦の優勝・準優勝も、タンクタイプが現れてからはほぼ独占している。
 
「重要なのは、必殺技は時期によって獲得できる種類が決まっているということだ」

 運良く空いていた、やや手狭なスペースにあるオプションルームに入り込み、俺のIDカードをスロットルに差し込む。
 
 この部屋ではキャラクターの作成や成長は勿論、過去の対戦データの閲覧までが出来る。
 
 また、ネット上の掲示板のチェックや書き込みを行うのもココだ。
 
 圭はココを利用して、残る一人のチームメイトを募集していた。
 
 二箇所も三箇所も必要な物では無いが、このゲームをするのならば誰もが必ず利用する、重要な場所だ。
 
「そして、一度獲得した技は、そのキャラクターの能力として、変更されることが無いということだ。

 予約を入れた時も同じ。だから皆、予約を利用するんだ。少しくらい、不便になってもな」
 
 予約とは、次の経験値の使い方を、あらかじめ設定しておいた必殺技に決めておくというシステムだ。
 
 予約を入れる前の経験値が使えない上、技を覚えるまでの経験値は他に回す事が出来ない代わりに、必要経験値が低くなるという利点がある。
 
「初代のガード必殺は、余りにも弱かった為、誰も使う者が居なかった。

 それが変更されるまでが半年足らず。
 
 二代目が現れるのとほぼ同時に、ジャンヌ・ダルクは姿を現したらしい」
 
 ケントが呼び出すのは、つい先程の戦いの記録だ。真横のアングルから捕らえられた俺のジャックが、ジャンヌと対峙する。
 
「二代目のガード必殺を獲得できた時期は、僅か一ヵ月。先代のあまりの弱さは有名だったから、手を出した奴はほとんど居ない。

 時期が短すぎたのもあるが……その時期を縮める原因になったのが、彼女だ」
 
 画面の中で、至近距離のショットガンが弾かれる。確か、ダッシュ中はガード性能が半減する筈だ。
 
「見ての通り、正面からの基本技は一切通用しない。

 背後からの攻撃には無防備だが、その弱点は機動性を高めることによっておぎなうことが出来る上に、自分からは自由に攻撃出来る」
 
 ジャックが分身に囲まれた。最低に設定されたジャックの機動力では、逃げても結果は同じだっただろう。
 
「加えて、効果時間が長い上に、消費が少ない。

 試合の開始から最後まで張りっ放しなんて芸当も、お茶の子さいさいという訳だ」
 
 納得が行かないのは、それよりも分身の方だ。まるで防御を無視したような攻撃が、ジャックに刺さる。
 
「ついでに、この分身の技を大会の優勝によって獲得。

 コレの凶悪性から、必殺技を賞品にすることが禁止になった。
 
 今後も記念となる大会以外ではやらないんじゃないかな?」
 
 単純に6倍の威力となった必殺技が、俺に止めを刺す。攻撃力も十分に高そうだ。
 
「……コイツ、能力が高すぎないか?いくら何でも、この機動性にこの攻撃力は――」

「防御の値が最低値なら、納得出来ないか?

 言っただろ。ガード必殺で試合の最初から最後までカヴァー出来るって」
 
 最後に、俺が見逃していた獲得経験値の表示が行われた。
 
 その中の、レベル差ボーナスに注目する。
 
「……に、にせんごひゃくてん……」

「お前の経験値が、15万弱だったな。つまり――」

 ケントが計算に詰まる。こういう時は決まって真次が――
 
「375万弱」

「そう、それだけの総経験値を持っているんだ。

 第2回の大会より前から姿を見せなくなった筈なのに、だ。
 
 当時、彼女だけがそれだけ群を抜いて強かったんだ。
 
 いや、それだけの理由じゃ、300万越えなんて経験値の説明はつかない。
 
 いいか。これはおまえにも重要な話だから、良く聞けよ。
 
 連勝ボーナスは、最初の2年間だけ、今よりも高かったんだ。
 
 どの位違うか、予想がつくか?」
 
「……2倍……位かな?」

 別に計算したわけでも何でもなく、何となくそう言ってみた。
 
 ケントが呆れた顔をする。
 
「そんな程度の訳が無いだろ!

 10倍だよ、10倍!
 
 それが余りにも多すぎたから、今の計算方法に変えられたんだ!
 
 いいか、連勝記録のトップテンを呼び出すぞ」
 
 画面は変わり、様々な記録に関するデータの呼び出し画面が映し出される。
 
 その内の一つを、ケントはクリックする。
 
「……最悪だ……」