第3話 ジャンヌ・ダルク
「蒼木 羅閃さん、どうぞ」
係員の呼び掛けに応じ、俺は再び筐体に入った。
試合の勝者には、少しの休憩時間を置いてから再び戦う権利がある為、順番は圭たちよりも早い。
残念ながら、料金は一戦毎に支払わなければならない。
ついでに言えば、全力で動き回り、疲労もピークに達している時には、キャンセルする者も多いのだが。
今回の試合に勝てば、確実に次の必殺技が手に入る為、少し気合が入っている。
別に負けても経験値そのものを失う訳では無いが、負けると連勝ボーナスが消えてしまう。
現在の連勝ボーナスは4000点にまで達しているだけに、それを失ってしまうのは痛い。
筐体の中、ほのかな明かりの中に浮かび上がった人型の骨組み・シンクロフレーム。
空気椅子でもやらされているかのような姿勢のソレに、俺は腰掛けた。
最初に腰、次に足元が固定されて、俺は立ち上がる。
足は地面に接していない。その骨組みによって支えられているのだ。
データの読み込みが始まる。同時に全身がベルトで固定される。
手に填めた専用の手袋にコードが繋げられるのは、一番最後だ。
普段は受付に預けているこの手袋が開発されたおかげで、このゲームは指の動きまで忠実に再現することに成功した。
銃器が使えるようになったのもこの手袋のお陰であり、それが同時に、銃器を使用するキャラクターを作ると値段が高くなってしまう原因となっている。
俺の場合、シンクリストの開発を行った会社に従姉が勤めているのが優位に働いた。
テストプレイのバイトを紹介して貰って、その時に使っていたキャラクターをそのまま貰って使っている。
なので、無料でジャックというキャラと手袋を入手する事が出来たのだ。
――戦いが始まる。
360度のスクリーンに映し出される、戦いのステージ。
視界の隅に表示される、ライフゲージとスキルゲージ。
浮かび上がるホログラフィーが体を包み、俺はジャックと一体化する。
正面に、お互いのキャラクターの名前が表示された。
「ジャンヌ・ダルクか。タンクタイプでは無さそうだな」
世界史の授業で聞いた覚えのある女性と同じ名前を見て、何となくそう判断した。
その名前が消えた後に現れた女性の、手にする奇妙な剣を見て、その予想が正しかった事を確信する。
「……剣?
小ぶりのランスにも見えるけど……」
随分と前に廃れた、古いスタイルのキャラクターだろう。
あの3人から、聞いた覚えがある。タンクタイプのようにスタイルの名前はある筈だが、その名前までは聞いた覚えが無かった。
縦ロールの長い金髪。理想的なスタイルを持つと思われる体と、すらりと高い身長。
ただ、お決まりの筈の白銀の鎧は見られず、ジャックとは対照的な純白のロングコートを身に纏っていた。
「……ひょっとしたら、アレを見なくて済むのかな?」
淡い期待を抱いた時、それは始まってしまった。
左足を一歩踏み出して体を斜に構え、開いた左手を右の頬にあてがう。
その口が開いた時、俺はとっさに耳を塞いだ。
『ホーッホッホッホッホッホッホッホ!』
音量をMAXに設定した高笑い。
こういったキャラは、ほぼ確実に男が使っているのだから、余計に嫌になる。
ケントは戦意を削がれると言っていたが、俺は逆だ。
負けた時に、もう一度それを見なければならないのかと思うと、メラメラと闘志が燃えて来る。
この勝負、絶対に負けられない!
ジャックは一言も口を開かず、左手の親指で器用に眼鏡を押し上げる。
自動的に行われるその動きを、俺は意図的に真似して、寸分違わずにトレースした。……調子が良い証拠だ。
『READY?』