第2話 出場条件
「よう、蒼木。どうだった?」
「ああ、また勝って来たよ」
「またかよぉ。
強えよ、やっぱり。お前のジャックは」
順番待ちで、筐体のすぐ傍に立っていた俺の友人・鈴木 ケントから話し掛けられた。
それに応えると、ケントは気ダルそうな様子でそう言った。
ケントはイギリス人とのハーフなのに、英語が全然話せないという変わり者だ。
――尤も、一時期、アメリカで生活していた俺と比べればの話だが。
ついでに、妙に日本びいきだったりする。
「まぁ、こんなもんじゃないか?
タンクタイプが強い事は、大分前から分かっていた事だし」
「でも、20戦全勝は出来過ぎだろ?」
「まぁね」
そんな他愛もない会話の後、ケントの姿は直径2.5メートルの筐体の中に消えた。
俺がつい先程まで戦っていた場所だ。
キャラクターが、プレイヤーとほぼ同じ動きをすることを前提に作られたゲームであることを考えれば、筐体のそのサイズは決して過剰に大きいとは言えないだろう。
やけに場所を食ってしまうが、『Syncronic Duerist』・通称『シンクリスト』という名前のそのゲームには、それに見合うだけの人気があった。
日本だけで100万人以上のプレイヤーが居るとまで言われている。
俺はその人数は、流石に誇張されているだろうと思っているが。
このゲームは全国大会も行われていて、今年で10回目を数える事になるらしい。
俺たちは今、その大会に向けての特訓の為にココに来ている。
同じ目的を持つ者も多い為、店内は超満員とも言える状態だ。
「よう、蒼木ぃ。どうだった?」
「ああ、勝ったよ」
一緒に来ていた残りの二人・佐藤 圭と山田 真次は、ちゃっかり椅子を確保しつつ、冷たいジュースを飲んでいた。
俺はほんの数十秒の間とはいえ、それなりの運動をした後だったので、たまらず自販機にコインを投入する。
まぁ、俺の持ちキャラであるジャックは、比較的動かずに戦えるキャラなので、他の者のように汗だくになることは少ないのだが。
「素っ気ねぇなぁ。破竹の20連勝だってのに。
このままだと、ホントに大会に出れるんじゃねぇか?」
「10万点なら、もう溜まってる」
「ウッソォー!」
いつもながら、圭のリアクションは大袈裟だ。ちょっと計算すれば、分かりそうなものだが。
ちなみにこのゲーム、全国大会を開いたは良いものの、あまりに参加人数が増え過ぎた為に、今は参加資格が設けられている。
それが、10万点の経験値というわけだ。
経験値は、試合を終える度に登録カードに数字として蓄えられる。
これが、一般的に強さの基準となっていて、それを消費する事によって技を覚えたり、基礎的な能力を高めたりすることが出来る。
但し、コレには未使用の経験値とは別に、経験値の総計が記録されていて、強さの基準や審査の対象になるのは、その総計の方だ。
ここで、おや?と思われてはいないだろうか?
そう。このゲームの売りは、プレイヤーとキャラクターとがシンクロするというシステムだけではなく。
一人一人のプレイヤーがそれぞれ独自のキャラクターを所有し、なおかつそれを育てられるという所にもあるのだ。
だからこその、絶大な人気だと言える。
「お、追い付かれたかも知れない……」
愕然と項垂れる圭は、5年前からこのゲームに触れていながら、何度も更新された出場資格に尽く引っかかり、未だに大会への出場経験が無い。
今年は、ようやく10万点という新基準に届いて、初めて大会に出られると泣いて喜んでいたのだ。
「……うん。届いていてもおかしくない。
連勝ボーナスで約3万。20回の勝ち点に加えて、それが全部K.O.だから、それだけでも6万点。
レベル差のボーナスとかも考えたら、とっくに届いていたんじゃないか?」
計算の得意な真次が、すぐに答えを導き出した。
面倒な連勝ボーナスの総計が、すぐに計算出来る辺りが凄い。
「もう少しで15万だから……今週に入ってからだな」
「うわっ、負けてるよぉ~!」
のたうつ圭を見るのは珍しい事ではないので、放っておく。
しばらくすれば、また懲りずに対戦予約に行くことだろう。
余りに人気の為、対戦も予約して順番待ちなのだ。
俺以外は1ゲーム5百円の頃からこのゲームをやっている。
1ゲーム100円に下がった今だからこそ、いつも体力の許す限り戦っているのだ。
「負けたぁ~」
予想通りに対戦予約に行った二人の代わりに、半ば亡霊化したケントが帰って来た。
俺たち四人の中では一番強い筈だが、それでも勝率は6割程度。
勝率の近い相手とマッチングされる為、一時期は未だに勝ち続けている俺の方が強いのではないかという話も持ち上がったりした。
まぁ、俺の場合はキャラクターが強いだけ。プレイヤーとしての能力は、ケントの方が上である事は間違いない。
「またタンクタイプだよぉ~」
「ご愁傷様」
慰める言葉も見つからず、俺は手を合わせるしかない。
タンクタイプというのは――ちなみに俺のジャックもそれに分類されるのだが――
3年ほど前に武器として銃器が導入されたのを切っ掛けに研究された、現在、最も強いと言われるキャラクタースタイルを指す言葉だ。
銃器を武器として、機動力を下限値に設定して、初期の必殺技まで削って攻撃力と防御力に全てを注ぎ込むというのが基本だ。
最近は、近接用の必殺技をそれに加えるという傾向が見られる。
ついでに言えば、弱い必殺技なら現金で買えるので、それに関しては不自由しない。
経験値を新たな必殺技の獲得に消費することが出来るのは、勿論だ。但し、経験値は現金では稼げない。
俺たちのような学生の身分では、とてもではないが、必殺技を買う等というブルジョアな真似は出来ない。
ともかく、タンクタイプはプレイヤーは勿論、メーカーをも泣かせる、今、最も流行りのタイプである。
……まぁ、メーカーの方は嬉し泣きだけど。
「俺も、タンクタイプのキャラクター、作ろうかなぁ~」
何度も聞いたセリフだが、日本マニアのケントに、そんな事が出来る筈が無い。
何しろ、日本人として生まれた(一応、国籍も生まれも日本だ)以上、一生に一度は髷を結わなければと言って、髪を伸ばし続けていた男だ。
昨年4人でキャンプに行った時、寝込みを襲って綺麗に切り揃えてあげたところ、彼は泣いて喜び(?)、彼の両親からも感謝された。
良い事はするものだな、ウン。
「何となく、今日はいつもより混んでいる気がするなぁ」
「……大会目指して、僅かな経験値でも必死でかき集めようって連中ばかりだからな。
大会が始まるまでの間は、こんなもンじゃないか?」
「ってことは、10万を少し切ってるのが多いのか?」
「俺なら5万からでも狙うね!」
ケントのその言葉を聞いて、俺は少し憂鬱な気分になる。
経験値の中で、最も実入りの大きいレベル差ボーナスが、今は期待出来ないということだ。
運が良ければ何万点と稼げるというのに、俺はソイツで5桁の数字を出した事が一度も無い。
まあ、勝率十割というのは、えてして総試合数の少ない者の中に多いのだが。
「来た来た来た来た来た来た来たぁーっ!」
不意を突いて、威勢の良い声と共に背後から圭が俺の首に抱き付いてきた。
そこまでは良いとしても、ピタッと頬を摺り寄せて来るのは勘弁して欲しいものだ。
気持ち悪い上、傍からどう見えていることやら……。
「どうしたんだよ、一体?」
振り解こうにも、圭は細身の割に力が強い。
「来たんだよ!」
「だから何が!」
「五人目だよ!団体戦にも出れるんだよ、今年は!」
「本当か!?」
興奮したケントが、椅子から立ち上がった。
「「「ぃよっしゃあー!」」」
三人の叫び声は、騒がしい店内でも、流石に注目を集めずにはいられなかった。