第1話 試合
パァン……パァン……パァン……。
銃声は続く。
遮るものなど、何も無い。
ただひたすらに広がる荒野。
俺は敵を真っ直ぐに見据えたまま、ただ左手の人差し指だけを定期的に動かしていた。
敵とて、ただ撃たれているわけではなかった。
大きな盾で身を守りながら、じわり、じわりと近付いて来る。右手に携える剣で俺を切り裂こうと、隙が出来るのを待っている。
このままの展開で戦い続けていても、埒が明かない。
俺は挑発をして、相手を誘うことにした。
左手の親指で、器用にクイッと眼鏡を押し上げる。
それが挑発であることを分かっていながらであろうが、他に術も無く、敵は突進を始めた。
敵が余力を残していないことなど分かっている。
このような展開になる事は、既に俺には予測がついていた。
『うおおおおおおおりゃあああああああああ!』
掛け声だけは、威勢が良いものだ。
一発逆転を狙った大振りの斬撃は、既に飛び上がっていた俺の足元を通り過ぎた。
ちなみに、重力は0.07G換算の設定になっている。
俺はその頭上から、右手に持ったショットガンで容赦無く撃ち降ろす。
先程までとは一味違った激しい銃声。
カウンター扱いとなったその一撃で、地面に倒れる。
地面に着地した俺は、倒れたソイツに向かって撃つなどという無駄な事はせずに、その場を離れた。
『まだまだぁ!』
敵が起き上がる事も、分かっていた。
まともに攻撃が入った事は、これでもまだ数える程しか無いのだから、当然の事だ。
再び俺たちは、何度も繰り返した一方的な攻防を繰り返す。
俺の戦いは、いつもこんなものだ。
試合の内容を話す度に「つまらなくないか?」と問われるが、俺はそうは思わない。
多少の余裕はあったとしても、実は一度のミスが命取りになるのだ。
誰もそれを理解してくれないからそう思われてしまうだけであって、これほど緊張感のある戦いを制して、つまらない筈が無い。
……そろそろ、良い頃合いだな。
時間を確認して、止めを刺すことを考え始める。
こちらの手の内は、なるべく見せたくなかった。
万一にも再び戦う事があれば、対策を考えられている可能性がある。
相性を考えれば圧倒的にこちらに分があるとはいえ、やはり余裕のある時には勝ち方にもこだわりたい。
人によってはそのこだわりは、いかに「魅せる」かだと言う者もいるが――むしろそちらの方が多数派だが――、俺はどれだけ「見せない」かの方が重要だと思っている。
俺を含めて、強さを求める者の中に、その傾向は僅かに見られる。
もっとも、名前が知られる程に強くなってしまった場合、そんなことをしても、情報の流通が早いこのご時世では、全くの徒労に終わる事が多い。
まぁ、そこまで強くなれれば、それはそれで名誉な事なので、むしろ喜ばしい事なのだが。
『音速の剣!』
敵の叫び声が聞こえて、俺は両腕を胸の前で交差させて、防御姿勢を取った。
……むぅ、どうやら削り過ぎたようだ。
飛来する風の刃。
その向こうでは、敵の体が僅かに光を放っている。
そうなってしまう前に倒してしまおうかと思っていたのだが、予想していたよりもかなり早い。
もしかすると、気付かぬ内に何度か、わざとノーガードで攻撃を受けられていたのかも知れない。
「これはちょっと、近付けないなぁ」
馬鹿の一つ覚えのように繰り返される必殺技。
それをガードしながら呟いた言葉は、相手には聞こえない。
このまま相手が力尽きるまでガードしていても大したダメージを受ける事は無いのだが、時間が勿体無い。
俺は攻撃の隙を縫い、一瞬だけガードを外して走る。
それを助走として跳び、空中から攻める事にした。
ガードしながらの移動は遅くなるが、空中だけは別だからだ。
そのままの勢いで、俺は相手の頭上へと迫る。
『音速の剣!』
空中に居ても、相手の行動は変わらない。その技に対空攻撃能力が無い事を、ほんの少し期待していたのだが、そこまで甘くは無いらしい。
まあ、それならそれで、こちらもやりようというものがあるのだが。
『音速の――』
「正ジャック!」
俺は何度目かの相手の声に合わせて、叫んだ。その声を切っ掛けとして、俺の必殺技が発動する。
二つの銃口から同時に飛び出した銃弾は、風の刃をも打ち消して敵の体を貫いた。
俺のこの必殺技は、繰り返し使えるような安っぽい必殺技とは、レベルが違う。
スキルゲージの半分を使う消費の激しさ。
それに見合った攻撃力。
体力がレッドゾーンにまで減った時に補充されるスキルゲージの分を加えても、ひと試合で最高四回までしか使えない。
だからこそ、外すことの無い距離にまで近づいたのだ。
そして、最初の一発が入ってしまえば、あとはコチラのなすがまま。
基本、倒れた場合は無敵時間に入るが、一連の必殺技の流れが終わるまでは、ダメージは与え続けられる。
左右交互に次々と放たれて行く弾丸。
俺のジャックは相手が死ぬまで……いや、死んでもその手を止めなかった。
勝負は、やや時間が掛かったものの、圧勝と言っても良い程の内容で終わった。
『……他愛も無い』
俺の持ちキャラのジャックは、身に纏った黒いロングコートを風に靡かせて、勝ちポーズを決めていた。
――もうお気づきだろう。
そう、どんなにリアルであっても、コレはゲームの中の戦いなのであった。