第61話 帰省
予定していた日程で間に合わせる為、デッドリッグとローズは取り急ぎ、ローズがルーヴンツァンを抱き、飛車に乗り込んだ。乳母は、座席後部スペース、本来は荷物運搬の為のスペースだ。
「四人乗りの飛車は、早期に必要になるな」
デッドリッグは、そんな事を考えながらも、ミュラー公爵邸に急いだ。でも、あまり速度は出さない。ルーヴンツァンの安全確保の為に。
それでも、日が沈む前に間に合った。着いてすぐに、ルーヴンツァンを連れての夕食に誘われ、断る訳にもいかなかった。
「おー、よくぞ参った!
どれ、孫の顔をちぃっと見せて貰おうか」
その「ちぃっと」が、ローズの両親合わせて30分以上になり、寝ていたところを起こされたルーヴンツァンは激しく泣いた。
「返して頂きますよ!」
ローズの強権発動で、無理矢理に、でも優しく、ルーヴンツァンはローズの手に帰った。
「ローズを頂いてしまった件については、挨拶が遅れましたこと、お詫び致します」
デッドリッグはそう言って頭を下げるが。
「いいのです!放任主義の父母は、孫の顔を一目見れば満足の筈ですから!」
「しかし、ルーヴンツァンも開拓初期のケン公爵領より、暖かくて豊かなミュラー公爵家を継いだ方が幸せではないか?」
聞くところによると、ミュラー公爵家には後継ぎが居らず、長女の子が男児なので、後継ぎ候補とされていたのだが。
「このミュラー公爵家も、元は皇家からの分家とは言え、十分に皇家の血は薄まっている。
ならば、より皇家からの血が濃いルーヴンツァンに継がせた方が……」
「戯れもいい加減に。……ハァー……。食事は、ケン公爵家の方が断然、美味でありますよ、父上、母上」
「なんと!では、早期に帰ってしまうつもりか?!」
「明日の朝食を頂いて直ぐに、と考えておりますが」
「そんなに急がなくても良かろうに……」
そうは言われるが、予定していた日程に余裕も余り無いし、今もデッドリッグの決済待ちの書類がうず高く積まれているかと思うと、早期に帰りたいデッドリッグとローズ。
「そうじゃ!乳母を伴ったまま、ルーヴンツァンを預けて行っても良いのだぞ?」
「馬鹿も休み休み言って下さいまし。
時代が違いますれば、子供の教育方針も変わって来ると云うものです!」
「こんな赤子の内は、大差あるまい。
そうだ、ローズも残っても良いぞ?」
「ワタクシにはワタクシの仕事があります!」
「じゃが、今はソレも育児の為であろう?」
ローズははぁーっと息を吐き、厳しく告げる。
「ワタクシは正室で、閣下には側室が5人も居ります!
その管理も、ワタクシの仕事で御座います!
加えて言えば、彼女ら側室も、それぞれ妊娠しております!
そうそう領地を離れたままで居る訳にもいきませぬ!」
「……今回ぐらい、もそっと長く滞在していても良かろうに」
「では、次回はしばらく先になりますが、それでもよろしいので?」
「しばらくと云っても、来年の年始の挨拶ぐらい、参るであろう?」
「こうなると判っていれば、3年は来ないでありましょうね!」
今、ローズは様々な状況を想定し、心を鬼にした。
ならば、今、ローズが死ななければ、世界が滅んでしまうのだろうか?
だが、そうなるとデッドリッグの嫡男の育て親が、乳母になってしまう。
ソレは出来れば避けたかった。
「そんなに意地悪言わなくても良かろうに……」
「ワタクシに言わせれば、父上・母上の方が意地悪を仰っておりますが?」
「判ったわい。
じゃが、次に来る時には、もそっと長く滞在してくれよ?」
「次回とは限りませぬけれど、いつかはその機会を設けましょう。
それでよろしいか?」
「うう……あのローズが、こんなにも強くなるとは……」
女は弱し、されど母は強し、である。
元々、短期滞在の予定であったため、荷造りの必要も殆ど無し。
宣言通りに、翌日の朝食を済ませると、デッドリッグ達はサッサと帰る。
「……少し、気の毒だったな」
デッドリッグが運転しながらそう呟いた。
「公爵故の我儘と云う奴ですよ。
新参とは言え、閣下も公爵。全ての我儘にイチイチ全部従う必要などありませぬ」
「でも、初孫だろ?」
「いいえ、姉上が既に結婚し、子も一児授かっております。
公爵領に居りますから、会う機会もあるかもとは思っておりましたが、杞憂でした」
「……杞憂?」
「ええ。イジメられたり乱暴を振る舞われたりと云った杞憂で御座いますね」
「……問題児なのか?」
「我儘放題に育てられました故」
成る程、居合わせなくて良かったと、デッドリッグも心底そう思った。
兎も角、一刻も早く帰宅せねば、次の──恐らくバチルダの出産に立ち会う事も出来ないかも知れないとあって、スピードを出したい反面、ルーヴンツァンの無事を考え、スピードを抑えるのであった。