第60話 ピザトースト
与えられた控室で、乳母に乳を貰ってからローズの腕の中で眠ったルーヴンツァンを連れて、さあ、帰るぞ!──と思った矢先の事だった。
ロクにノックもしないまま、皇帝陛下カスパー・カイザー・エンピリアルが入室して来た。
「な、何の用事でありますか、陛下?」
「父上で良い。今ばかりは、初孫を拝みに来た一人の爺様よ。
しかし、顔も見せずに帰ろうとするのは、ちと冷たくは無いか?」
「しかし、下手に泣かれても困ります故」
「泣くのは赤子の仕事だ。
どれ、一度抱かせて貰えぬか?」
ローズは少々不安な顔をするものの。
「これでも、三兄弟を育てた父親の一人だ。赤子を優しく抱く程度、どうと云う事は無い。
どれ……おおぉぉぉぉ……、新しい命じゃ!暖かいのぅ……」
そう言って、眠りから覚めぬ内にローズへとルーヴンツァンを返した。
「ふぅ……。大人しい赤子じゃのぅ……。直ぐに泣かれるかと思うたが。
して、デッドリ──ケン公爵。この子にも皇位継承権を一応与えたいと思うが、如何かな?」
「えっ!?皇位継承権?!」
デッドリッグにしてみれば、言われてみれば想定しておくべき事項だったが、頭から抜け落ちていた。
この子に皇位を継承されると、ケン公爵を継承する為の子も必要だ。幸い、5人の側室も妊娠している。
デッドリッグは、あと一人は男児が産まれるべく、子作りをしたつもりだが……。
「父上。そんなに焦らずとも、バルテマー殿下の正室が必ずや後継ぎを産みます故に。
この子に過剰な期待をされても、困りまする。
今の話、バルテマー殿下が聞かれたら、どう思いますやら……」
「無論、バルテマーの男児が産まれれば、皇位継承権は優先的に与える。
だが、今、皇家の直系の男児は、この子──名は何と申す?」
「ルーヴンツァンに御座いまする」
「ルーヴンツァンしか居らんのじゃ。
さすれば、優先度は低いなれど、皇位継承権を持たせておくのは、ルーヴンツァンの為になるのではないか?」
ローズが僅かに考えてから返答する。
「いえ、皇位継承権を持てば、権力争いに利用されかねません。
その時、不幸になる子がこの子の可能性がありますれば──畏れながら、ご提案をお控えさせていただきまする」
「そうか……。
デッドリッグ。お主には多少、愛情を注ぐのが足りなかったかも知れないが、お主はルーヴンツァンに精一杯の愛情を注いでやれよ。
但し、愛情を注ぐのが即ち、子に甘くする事とは別と思う事だ。
ただ……子が子供の内は、遊ばせてやれよ」
「ハッ!この身に誓いましても!」
デッドリッグにしてみれば、自らの父皇帝にこんな甘い面があるとは、予想の外だった。
確かに、学園に入る前は、存分に遊ばせて貰えていたような記憶があるが。
「ふふっ。その様子じゃと、大丈夫じゃな。
では、次はもそっと長く滞在してくれよ。
余程の事が無い限り、歓迎する。
確か、あと5人は少なくとも子を宿しているのであったか?
バルテマーにも催促したい一方、高等学園を卒業して貰わねばならぬしな。
ルーヴンツァンには、高等学園までも通って貰いたい一方、ひ孫を見る、最速のチャンスではあるしのぅ……。
その辺りの舵取りは、上手くやるんじゃぞ、ケン公爵」
「ハハッ!この身に誓いましても!」
そんな辺りで、控えていた者が皇帝に時刻を報せるが。
「判っておるわい。
ではな。催し物にも期待しておる。
後で書簡を送る。
はぁー……こんなに時間が無いのであれば、早く皇位から退きたいわい」
最後はブツブツと文句を言いながら、皇帝陛下は去って行った。──最後に、ルーヴンツァンの頬を突っついてだが。
「はぁー……。父上にあんな側面があるとは、初めて知った!
しかし、孫の誕生は嬉しいものなのか……」
「……閣下。ルーヴンツァンはワタクシの親にも見せませんとなりません」
「ああ、当然そうであろうな。
帰りに寄り道して見せてから帰ろうか?」
「そうですね。
予定としては数日を確保しておりましたから──は!閣下。義母上にルーヴンツァンを会わせませぬと!」
デッドリッグもハッと気付く。
「全く、一度に来ていただければ助かるものを……」
早速、メイド等に指示を出して、デッドリッグの母親、アース・エァド=エンピリアルにアポイントを取ると、午後のティータイムに、と云う話になった。
ならば、昼食を食べなければならない。
「ローズ、昼は何が食べたい?」
「閣下は何を食べたいので?」
「うーん……ピザか、それが無理ならピザトーストだな」
「簡単にレシピを書いて、再現して頂きましょうか?」
「そうだな……うん。昼食代として、レシピを伝えよう!」
そうとなると、紙とペン、インクを用意してサラサラと記す。
「良し!コレで昼も美味いものが食える!」
ところが、だ。バタバタと足音が近付いて来たかと思うと、ノックをしてメイドの一人がやって来た。
「閣下。あのレシピ、厨房の者が賄いとして食べていたものに酷似していたのですが、それでも構いませぬかと──」
「構わぬ。むしろ、何故そのレシピを秘匿し、父上・母上を始めに、俺と兄上、カーリンには食わせていなかったのか、反省しろと伝えるように」
「ハッ。では、陛下達へもお出しした方がよろしいですね?」
「当然だ。父上からのお叱りの言葉程度は覚悟して欲しいものだな」
「そんな!そこまでの責任になりますでしょうか?
手掴みで食べる等、以ての外と考えて──」
「パンは手掴みで食べているであろう!」
「……好評であった場合、お叱りの声を頂く可能性を考えると、厨房長が報われません!」
「父上も、そこまでの愚皇ではあるまい。
恐らく、お褒めの言葉と共に、少しばかり嫌味を言われる程度で済む。
その位は日常茶飯事であろう」
「ハッ。万が一の場合には、閣下、厨房の者への処分に、『待った』を掛けて頂けないでしょうか?」
「ッハァーッ。仕方あるまい。
今から、父上と母上に報告して参る。
ルーヴンツァンを連れて行けば、そうそう機嫌を損ねる事もあるまい。
急ぎでアポイントを取って参れ!
しかし、独力でピザ或いはピザトーストを思い付いたか。
ケン公爵として、天晴れであるとの言、伝えておけよ?」
「ハッ。では、急いで参りまする!」
その後、アースにルーヴンツァンを取り上げられそうになった事以外は、大きな問題は無く、事は済んだのであった。