ミスリル銀ハウス

第58話 ミスリル銀ハウス

 ローズは、知っているソースのレシピと、マヨネーズのレシピを各一軒の店に売り渡した。

 だが、林檎とトマトの輸入品が高く、ケン公爵家を含む数軒の富裕層にしか広まらなかった。

 そこで、ローズが思い付きで、「ビニールハウス、みたいなものを作れたら、生産出来ないかしら?」とデッドリッグに進言した。

 ローズは、前世では元々『五黄の寅』の産まれであった。が故の強さを持っていた。ツキを味方にしていたと表現した方が正しいかも知れない。

 ソレは、36年周期で産まれる、十二支の最強格。辰は、五黄になる可能性が無いらしく、故に、最強の座を寅に奪われた。

 そして、世界は既に、残務処理の段階に入っているのかも知れないらしかった。

 『残務処理と云えど、甘く見てはいけない』らしい。

 だが、それならば……と思ってしまう。2026年に残務処理が終わり、世界が滅びるのではないか、と。

 ただ、『2026』と云う数字自体は『ラッキー数』だ。

 次の丙午『2086年』ならば、『ラッキー数』でも無いし、本当に滅びてしまう可能性は、深刻に考えて、『考え方の切り替え』をしなければいけないのかも知れない。

 それは例えば、『2026年』の丙午を乗り越える上で必要なのかも知れないし、『ラッキー数』とて、思い込みの一種だ。

 でも、極めて数学的に割り出された法則で決まる数字だし、『思い込み』のチカラも強いのかも知れない。

 『丙午』とて、思い込みだ。

 と云う事は、五黄の寅とで、思い込みだ。

 だけど、ローズは信じていた。──自らのツキの強さを。

 ツキと云えば、ローズは6月生まれで『勝利の女神様』そのものだし、デッドリッグは7月生まれだ。

 年齢は『ヘブンスガールズ・コレクション』の設定どおりだが、誕生日は、全員、前世と同じだった。

 ひと月の日付等々が前世とは違っているけれど、その特殊な日付の産まれの者は、一人も居なかった。

 デッドリッグは7月28日生まれだった。因みにバルテマーは7月27日生まれだ。共に、名前に虫の名前が入っていないが、獅子座の産まれで、『龍神様』の名に含まれる『蛆』の名のお陰で、龍神信仰の2人は生き永らえていた。

 その、『獅子身中の虫』の特効薬が、牡丹の朝露であり、花札で牡丹は6月で、故に二人にとってもローズは特別なのだが、バルテマーは自らのミスでチャンスを失い、不貞腐ふてくされてローズを強く拒絶したのだ。

 でも、イデリーナも6月生まれだ。ソレだけで、バルテマーは満足だった。──正確に言えば持て余している。

 そして、ココで話はビニールハウスの件に戻る。

 ビニールは無いし、ガラスも板硝子は作れる技術の段階に到達していない。

 おおよその作り方は判るが、それを今の技術で行おうとすると、気化した水銀で中毒死者が続出する。

 故に、機械化が必要となって来る。

 その為には、最低でも蒸気機関は作れるようになっていないといけないし、もっと進んだ技術も使う必要が生じる。

 だから、実質不可能なのだが。

 ──板状のミスリル銀で実現出来ないかと、デッドリッグは考え込んだ。

 原材料が水であるとあって、銀色に見えても、少しだけ透けているのだ。

 最初から必要とする形で作れば、行けなくはないかも知れない。

 その事を、ローズに相談する。

「そうと判れば、実行あるのみね」

 否、ココは熟考が必要なのだが、ローズに言われては、試さない訳にもいかない。

 1メートル四方、厚さ1ミリのミスリル銀を次々と作り出してゆく。

 ソレを組み立てて、正方形の物だけでなく、三角形のミスリル銀も必要に応じて作る。

 そうして出来上がったミスリル銀ハウスは、想定以上に明るかった。

「コレならイケる!」

 だが、少しの熱源が必要だ。

 デッドリッグは、コレもまたミスリル銀で、『光熱魔法』で熱源を確保した。ただ、真夜中でも明るいのが、どう影響があるのか。

 治安的には、今年は豊作であった事もあって、町人の問題は少ない。

 外部から盗みに入る者が来られたら、大問題だ。

 ただ、鍵を掛ければ、壁を壊して侵入されたら、ソッチの方がダメージが大きい。

 結論、警備兵を交代制で24時間見守りの体制を敷くと云う案に落ち着いた。

 しかし、トマトは北海道でも作れていたし、林檎は青森県の名物だ。ミスリル銀ハウスは必要無かったのではないか?と思われたが、寒冷地の度合いが違う。

 しかも、現代日本ほど、品種改良が進んでいない。

 やはり、ミスリル銀ハウスは必要であったのかも知れないと思い直すと、時期を見て早速植え付けてみた。

 トマトは初年度から収穫できたが、林檎は接ぎ木の必要もあった。苗の入手の際に、『結実けつじつに何年掛かるか』と質問したところ、『10年』と云う返答が返って来て、絶望的だなとデッドリッグは思う。

 接ぎ木する木も同時に育てなければならないし、前途多難であった。

 否、もしかしたら、前途洋々であるのかも知れなかったし、物事を長期的に考える必要があるのかも知れなかった。