ラーメンと……

第19話 ラーメンと……

「ラーメンが食べたい!」

 デッドリッグが、そんな我儘を言い出した。

「味噌・塩・醤油、どれがお好みですか?」

 ローズは平然とそう返した。

「今の気分は味噌!」

「かしこまりました。

 本格的に作りますので、3日ほど我慢して頂ければと」

「えっ?!作れるの?」

「可能・不可能で言えば可能です」

 これにはデッドリッグも驚きを隠せない。

「えっ?!ちょっと待って。

 醤油や味噌を作るのって、結構大変だったと思うんだけど」

「ええ、大変で御座いましたよ?

 でも……私達も偶には食べたいですから……」

 デッドリッグは驚きを通り越してポカーンと呆けていた。

「まぁ……食に関する執念は、やはり日本人が一番ですから」

「執念……」

 まぁ、それで味噌や醤油を醸造出来てしまったのなら、それは相応な執念の結果だろう。

「簡易的なものでいいから、今日食べたいのだけれど……」

「ふぅ……中々に無茶を仰る。

 判りました。今日中に食べられるよう、手配しておきます」

 そう話したのが、その日の朝。そして、夕食時。

「殿下。一応、出来ました。

 鶏ガラ味噌ラーメン。

 味の程は、即席で作ったので、やや不安が残りますが……。

 食べて食べられない程のものでは無いと思います」

「ホントに出来たの!?凄いね、ローズ」

「お褒め頂き、恐悦至極きょうえつしごくに御座います」

 そう言いながら、ローズの頬は少し赤い。

「学食にて、特別にご用意致しました。

 ささ、注文致しましょう!」

 その日は、ヒロイン達も皆、味噌ラーメンを食べるらしかった。

「味噌ラーメン……だと?」

 その光景を見て、バルテマーが戦慄せんりつした。

「よろしければ、バルテマー殿下の分位でしたら、特別に作って頂くことが出来ると思いますよ」

 ローズはそう言い、後はバルテマーを放置した。

 バルテマーが味噌ラーメンを所望した事は言うまでもあるまい。

 取り巻きの内、何人かは味噌ラーメンに有り付けたが、2~3名ほどが在庫不足で逃した。

 恐らくはローズがそのように手配したのであろうと、デッドリッグは当たりを付ける。

「ローズは、前世のグルメをかなりコチラの世界に持ち込んだね?」

「……まだまだ、再現出来ていないグルメが多過ぎて、どれから手を付けたら良いものやら……」

 意外とローズは謙虚なのだなぁと、デッドリッグはそう思う。

 ゲーム内では、もっと高慢ちきで鼻持ちならないキャラと云うイメージが強かった。

 今のローズは、『ツンデレ』のほぼ常にデレているような状態である。

 ──こんなところにも、前世の記憶が影響を及ぼすのだなと、デッドリッグは思った。

 これも恐らくはと云う推測の域を出ない仮説だが、ローズはゲーム内のローズが嫌いで、前世の自分らしい、性格の丸い人物に成り上がったのだろう。

 その割に、味噌や醤油と云った、醸造の難しい食材を再現したりもしている。

 この世界では、大豆は馬の餌として、需要が多くてやや高値になる筈だが、失敗を恐れずに景気良く試作を繰り返したのだろう。

 全く以て、日本人の食への執念には恐れ入る。

 カレーライスに至っても、学食では毎週金曜の夕飯に出される、定番のメニューと化している。

 デッドリッグとしては、褒めてやりたい気分が高まって仕方ない。

 そんな気持ちが言葉に漏れて──

「……ローズは偉いなぁ」

 デッドリッグはそう呟いた。

「お褒めのお言葉を頂戴し、感謝感激雨あられで御座います」

 ローズはそう礼を述べ、またも頬を紅く染める。

「でも、流石に寿司や刺身は無理だろう?」

 そうデッドリッグが迂闊うかつな言葉を放つと、ローズの顔から一気に朱が引いた。

「やや強引な手段を用いれば、不可能とは言いません」

「またまた。そう?

 じゃあ、いつか食べさせて欲しいな」

「ええ、5日、ですね?」

 これでローズが試した結果の余りの美味しさに、毎月5日に食される事になるとは、デッドリッグは夢にも思わない。

 そう、ローズは何から手を付ければ良いのかを判断する為に、他の転生者からの意見を取り入れる方針を取っているのだった。

 味噌や醤油は、未だこの世界では新しい調味料。使い方も、知っているのは主にローズだった。

 内陸地とは言え、魔法と云う便利な存在がある世界で、保存状態の良い、生で食べても美味しい魚を調達するのは、そう難しいとも言い切れぬものだった。

 そのローズの食への強い執念は、コレに留め置ける程のものではなかった。

 そうしてそれらの食文化が、学園を中心に広まる事になる。

 中には、ローズの卒業後の事を不安視するものも居た。

「これなら……うん、みたらしもイケるだろうし、餡子あんこや胡麻餡を再現すれば、三色団子も作れるんじゃないかな?」

「実は、密かにデザートをご用意しております。

 ちょっと、手配の程を依頼しておきます」

 ローズはお付きの人に言伝ことづてして、学食にとあるスイーツを用意させ、お付きの者に運ばせた。

「6月に関しては『牡丹餅ぼたもち』と呼ばれますが、要するに『おはぎ』です」

 おはぎをナイフとフォークを駆使して華麗に食べ進める貴族令嬢。

 何となく、シュールだなとデッドリッグは思ったのだった。