第56話 それぞれのパートナー
愛が七歳になる頃、卯月さんの父親が急逝した。
死因は、熱中症からの心筋梗塞。
職場で倒れ、すぐに応急措置を取って病院に運ばれるも、帰らぬ人になった。
葬式に際し、昼姫と愛も同席するも、何故結婚式も挙げないのかと云う話から、昼姫の障がいの話になり、昼姫は居心地悪くも、嫡男の嫁として堂々とした態度を示した。
「兄さんの世話に行ったのかな?」
卯月さんはそう呟く。
曰く、卯月の兄は水子で7日間しか生きていられず、そして、調べた当初はどうやら女の子らしいと云う誤診から、『藤子』の名を与える事を考えられていたのだとか。
卯月さんのアカウント名『Fujiko』はそれが由来らしい。
そして、卯月さんの両親は楽天的で、出産の間近まで、経過を調べなかったらしい。
いざ、出産となった時に、その赤子の首にはへその緒が絡みついており……。よく、7日も持ったものだと云うのが、周囲の見解だそう。
男の子だとは判ったけれど、名前を考えるどころではなかったようだ。
出生届と死亡届を提出の際も、『藤子』で通したらしい。
卯月さんは、そのご両親が執念で誕生させた子のようだ。──昼姫がそうであるように。
意外な事に、卯月さんは障がい者と云う自覚は無かったけれど、子供の頃はまるで障がいを持っているような精神を備えていたらしい。
ソレは、思春期と云う精神の習熟を迎える頃には、収まっていたそうだけれど。
作業療法士としての資格を得て、障がい者と触れる中で、自分の子供の頃と重ねて、ああ、病んでいたんだなぁ、と思ったと昼姫に告げる。
でも、人ってそう云うものじゃないのかなぁ、と、私が思い、昼姫も卯月さんに告げる。
成熟できなかった人が、障がい者に落ちる、とでも云うか。
卯月さんも、それは同感だと思ったと言う。
そんな事を、卯月さんは周囲に聞かせるかの如く、当たり前に話題に挙げる。
まるで、卯月さんが昼姫との違いは紙一重の差だったと、昼姫の嫁入りを然も当然だと伝えんがばかりに。
卯月さんにとって、周囲の親戚の反応は、気に入らなかったのだろう。
まるで、昼姫は顔だけで卯月さんに選ばれた的な反応が。
男にしろ女にしろ、まずは見た目が切っ掛けで選ぶのだろうけれど、最終的にモノを言うのは、性格なのだ。
時を少し遡る。昼姫と卯月さんが愛の世話をしながら交互に『TatS』をプレイしていた、愛、1歳の頃。
二人とも、収入はスポンサー料がある。
産休の手続きをして、収入の無い、貯金を食い潰すような生活もしたけれど、産休明けにスポンサーによる広告料の支給は再開した。
喧嘩は……小さいのは無かったとは言わないけれど、おしどり夫婦だし、週に一度の老師・岡本道場に通うのも、岡本さんの奥さんが子供の世話を手伝ってくれる。
スポンサー料の確保と子供の世話の両立の為には、交互に『TatS』をプレイしなければならなかったし、岡本さんの奥さんによる支援は頼もしかった。
お子さんを育てた経験があるとは言っていたけれど、三人とも、eスポーツへの道は進まなかったと云う。
曰く、建設的では無いとは言ったそうだけれども、インターネット上の人工知能の育成には、建設的だ!と云う岡本さんの言い分は効かなかったらしい。反抗期と云う奴の延長だ。
でも、『真実の世界 (常世も含む)』では、この『TatS』も何らかの役目は果たしている筈だ。
そして、愛が三歳の頃、子供用の『有料コンテンツ利用不可』設定のタブレット端末を与えて、試しに『TatS』をインストールしてみたところ、愛は興味を示した。
昼姫と卯月さんは交互に愛にコツを教えながら、愛のeスポーツプレイヤーとしての育成もしていった。
そんな中、道場で昼姫が愛の世話をしている時。『プリさん』が愛のプレイングに一つのコツを伝授した。
「『3.2:1.3』トレードが、総合得点として、最大効率よ。って、最大効率って判らないわよね」
「『さいだいこうりちゅ』?」
「ええっとねぇ。一番点数を稼げるトレードよ?」
「いちばん!あい、いちばんになりちゃい!」
「そうね。私も一番に立ち続けるの、そろそろツラいから、愛ちゃん、一番になってね!」
「うん!あい、いちばんになりゅ!」
思えば、コレが切っ掛けだった。
道場内で、『プリさん』がトップを取り続けていた理由が判明した。
『Kichiku』が彼らしい判断で『プリさん』に質問に行ったところ。
どちらの立場に立っても、最大効率だと云うのだ。
何故ならば、『優遇得点』と云うものがあるが故だと云う。
『プリさん』がトレード倍率に関する大型アップデート後に試行錯誤の末に辿り着いた数値だと云う。
そして、愛が七歳になった今。
世界ランキングで未だ『プリさん』に勝てないものの、試合では愛が度々一位に立つこととなった。
世界ランキングも、七歳にして2位だ。
いずれ、愛が1位の座に座ることも夢じゃない。
尚、愛を見て子供欲しいと云う機運が高まり、『プリさん』は『Kichiku』と、『Venues』さんは『Victory』さんと結婚して、それぞれ『零』と『美鈴』と云う子を儲けた。
次期がちょっとズレたから、岡本さんの奥さんの負担も重なりはしなかったけれど、それぞれ『TatS』のプレイヤーとしての育成も頑張った。
ただ、年齢の問題で、愛は零にも美鈴にも負けなかった。
因みに、アカウント名はそれぞれ、『Love』、『Zero』、『Bel』となっている。
夕姫だけ、「相手が誰も居ない!」と嘆いていたけれど、いい叔母になるべく、愛の世話を手伝っている。
「いいお嫁さんになるわね~」
等と言われ、夕姫はちょっといい気になっている。
最初は「未だ若過ぎる」と言われていたけれど、そろそろ「いい年ごろねぇ~」と言われ始め、本人は本気で相手を探しているそう。
その内、「彼氏候補生~」なんて言って道場に男を連れ込んで、『TatS』のプレイを強要して、フラれたり~なんてしていたけど。
次は最初から『TatS』をプレイしていたヲタクな彼氏を連れ込んで、「婚約者候補生~」なんて言って、男性陣全員に反対されたり。
その内、老師・岡本さんから、「『TatS』をプレイしていて、未だスポンサー料とかだけで生計は立てられないセミプロだけど、割とまともな男」として紹介されたのが──
織田 直継さん、24歳。※美男子。発言も比較的まとも。
「ご紹介に与りました、織田 直継です。よろしくお願いします」
夕姫はポーッとなったりしていて。でも。
「取り敢えず、腕を見て貰おうか」
老師・岡本の発言で、軽く手合わせをしたのだけれど。
見事、7位入賞。その結果に、直継君こと、『No6Mao』は軽く興奮し。
「良い!この環境、凄く良い!
老師、こんな環境が整っているなら、もっと早く誘って下さいよ!」
どうやら、環境のお陰で点数を稼げた事には、気付いている様子。
「夕姫君、気に入ったのなら、挨拶してみてはどうかな?」
そうして老師は夕姫に話を振る。
「天倉 夕姫です!よろしくお願いします!」
「ああ、貴女が!」
直継さんが笑顔を浮かべる。下心……無いとは言わせない。
「二人の気が合えば、良いパートナーになれると思うんだがな。
ああ、直継君、お持ち帰りはダメぢゃぞ?一応、な」
「判っていますよ」
その後、二人は気が合ったようで親しく話し合い。
『TatS』で交流を深める。
どうやら、上手く行きそうな雰囲気だった。