第38話 悔しさ
「何、この『AI』さん。強ぇ~」
『Kichiku』さんがある日の道場でのプレイング中に、そんな言葉を漏らした。
「ふふっ、お前のチェックが甘いだけ~♪」
今回の試合、1位は『プリさん』。2位は『Victory』さん、3位は『AI』さんと云う謎の日本人。
4位には『Fujiko』さんが入り、5位に『Kichiku』さん。昼姫は久し振り……と云う程でも無いのかな?で7位に入った。
『Venues』さんはギリギリ一桁の9位。そして、『King』さんは13位で、『Venues』さんは「王は王らしく、王の数字の順位で居れば良いのよ!」と言い放っていた。
謎の『Mr.Puu』は、今回は参加していないのか、検索しても順位が出て来ない。
まぁ、毎試合に出るなんてのは、『プロeスポーツプレイヤー』でも「出来ない事」と『プリさん』が言っていた。
夕姫は100位にも入れず、「昼姫姉ちゃんのその成績ぐらい、すぐに追い抜いてやるんだから!」と息を巻いていた。
だけど、『Victory』さんと『Kichiku』さんの『ご奉仕』があってもその順位なのだから、才能が無いのならば早めに次の職へと誘導してあげたい。
昼姫は永久就職がほぼ内定しているし、何なら化粧品の広告塔として、活躍も期待出来る。
一応、『King』さんに取り引きしない程度の妨害はしているようだし、役立たずでは無い。
「この『AI』さんは、『人工知能』と云う意味では無く、恐らくイニシャルか何かね。
そして、トレード倍率格差是正のアップデートが入ってから、頭角を現して来たようよ」
昼姫も、『AI』さんの過去の成績を調べてみる。
「うわぁ、本当ですねぇ~。
アップデート以降、メキメキと頭角を現していますね」
「そうなのよ。あの大型アップデートの前は、底辺付近でうろついている一般人だったらしいのよ。
世界ランキングにして、4桁以降。それが、今や世界ランキング2桁よ。
余程、水が合ったのでしょうね」
情報収集は、大事な道場としての役割だった。そして、『プリさん』が何かを見つけたらしく、「あっ!」と声を漏らしていた。
「居た、井上 愛。……成る程、それで『AI』なのね」
「現代では、『IA』とすべきかも知れませんけど、一応、納得の理由ですね」
昼姫も、この老師・岡本道場の水に馴染んできた。
堂々と意見を述べられるまでに育ってきている。
姉として、自慢の妹よ。
夕姫も、『Victory』さんと『Kichiku』さんの指導を受けて、成長はしている筈だ。
今も、二人から感想戦を申し込まれている。
夕姫が伸びない原因は、一応、道場内全員の意見の一致を以て、断定されている。
オートトレードの設定が下手過ぎるのだ。
「──成る程。そう云うオートトレードをどんどん続けて行けば良いんですね!了解です!」
「あと、操作が遅い。
昼姫ちゃんに教わって、早回しのコツとかを伝授して貰うと良い」
あらあら。いつの間にか、昼姫も巻き込まれそうだわ。
でも、アタシも知っている。
「……昼姫お姉ちゃんから学ぶ事なんて、何一つありません!」
夕姫がそうして、昼姫からの指導を拒むことを。
何かの対抗意識の表れなのかも知れない。
何故か、夕姫は昼姫に絡んでは、昼姫から形の無い友情とか恋慕と云ったものを奪って行くのだ。
だけど、流石に卯月さんは無理だと悟ったらしい。
ならば、夕姫のターゲットは残り3人となる。
『プリさん』と『Venues』さんは、ゲームの進行となると積極的だが、普段のコミュニケーションは挨拶があれば良い方。
放置プレイとかも普通にする。
なので、今、昼姫が二人に構って貰えるのは、実績を挙げたからに他ならない。
だけど、昼姫が実績を挙げられている理由は、他ならぬ、公開している容姿のお陰である。
その点については、容姿を公開しないお二人には真似しろと言われても、中々厳しいものだ。
一応、夕姫や昼姫には敵わないまでも、二人とも美しいのだが。
だから、夕姫も容姿を公開すれば、昼姫の歩んだ道を追いかけて、ひょっとしたら追い抜くことが出来るかも知れないけれど、夕姫は昼姫が通った道は選ばない。
『TatS』を始めたのだって、ホントは夕姫の方が先だったのだ。
夕姫からして見れば、同じ道を通って追い抜かされた気分だ。
だからこそ、夕姫の方から昼姫の通った道へ歩み寄る事は無い。
老師・岡本道場も、実は夕姫は知っていながらに、入門するにはハードルが高過ぎるし、だけど昼姫から全てを奪う為に昼姫に紹介させてやったのだ。
でも、卯月は無理。
ソレが、夕姫にはたまらなく耐え難い。
そして、昼姫の持つ超高速操作と云う才能が、夕姫には遺伝しなかったのが、堪らなく悔しい。
きっと、夕姫は『リヴァイアサンの魔女』なのよね。『嫉妬の塊』と例えて言った方が判り易いかも知れないけれど。
「『Twilight』さん。貴女は『Morning』さんを見習わないと、いつまで経っても追い抜けなんてしないわよ」
恐らくは、親切でのつもりだろう。『プリさん』がそう云った。
「『Kichiku』や『Victory』が貢いでも、順位はキチンと確保している事から考えても、今の貴女には足りないものが沢山あるのよ!」
そう云えば、そうだ。
何故、『Kichiku』さんや『Victory』さんは『Twilight』に貢いでいながらに、高順位を維持しているのか。
……まぁ、『Kichiku』さんは加減を誤ったのだろう、確りと順位を落としているが。
「勝てなければ意味が無い、とまでは言わないまでも、何故、貢いで来た二人が高順位なのか、その理由を二人に教えて貰う事ね。
その結果、貴女も『Morning』さんに続かなければ、いつまで経っても追い付けやしない事を思い知るだけよ?」
夕姫は、俯いて黙ったまま、悔しそうな雰囲気だけを纏っていたけれど、思い直したらしい、『Kichiku』さんと『Victory』さんに向かってこう言った。
「判りました。
『Kichiku』さん、『Victory』さん。私は、どうすれば勝てるプレイングが出来るのか、指導して頂いて構わないでしょうか?」
苦肉の策に違いない。
夕姫はその後、二人から『勝つ為のプレイング』について、じっくりと指導を受けて……。
でも、操作速度の関係で昼姫に追い付けない事に、悔しさで歯を食い縛ったのだった。
夕姫の覚醒までは、まだ道が遠いかも知れない。
アタシは、そんな思いを抱きながらも、二人を見守りながらも昼姫を贔屓にすることを、辞めないのであった。