第29話 姉弟子
「で?何?デレに来たの!?
傍には更に姉弟子たる私が居たのに、二人だけで挨拶を交わして?
責任者は何処かしら?」
『Venues』さんは不機嫌だった。その場に同席していた道場のメンバーであり、昼姫から見たら姉弟子だと云うのに、『Fujiko』さんの挨拶が遅れたからだ。
「スミマセン、老師が『先に帰るから、『Venues』さんに『Fujiko』君から挨拶しておくように』と仰って、帰られました」
「あのオジサンも、何がしたいんだか。
女性を囲うように確保しておきながら、『仲の良い者同士は親しくしておくように』とか言い出して。
私は障がいの事があるから大丈夫だけど、『プリさん』はトップから崩れ落ちたら、勝者のカノジョになりそうな気配濃厚だし。
──でもまぁ、『Morning』さんは話を聞いた限りだと、良い相手をようやく見付けられて良かったわね。
ソコは、素直に祝福しておくわ」
そうは言われるものの、未だ付き合ってもいない者同士、どう対応するのが正解かを考えて、卯月の方から言い出した。
「あの……嫌な訳じゃなくて、ただ事実として、僕と『Morning』さんは未だ付き合っている訳でも無いんです」
「でも、『Morning』さんが何度も繰り返しメールのやり取りをしていた者同士じゃないの?
人柄も良さそうだし、『Morning』さんが要らないなら、私が貰っても良い?」
「ダメです!!」
昼姫は声を張り上げて否定した。
「──あ!えっと……私が決めて良い事かどうかは判らないですけど、……まずは本人の意志を確認すべきだと思うんですけれど……」
「ぼ、僕の意志ですか?!
……えっと、あの──ああ、畜生、ココで漢を見せろ、卯月!
──『Morning』さん……いえ、昼姫さんさえ宜しければ、──結婚を将来に視野に入れる事も考えて、お友達からで良いのでお付き合いの程を宜しくお願いします!」
「ええっ!?結婚?!」
「経済的に不安があるのであれば、後日、参考資料を基に、僕の経済状況も確認の上でで構いません。
ちなみに、僕は『降雪病院精神科デイケア』で、『eスポーツのアドバイザー』としても働いております」
「へぇ……理学療法士の資格持っていたり?」
「いえ。単に『eスポーツ』に詳しいからと、父である病院の理事長から依頼を受けて、多少の注意事項を言い含められた状態で指導してます。
一応、理学療法士の資格は取れと言われていますが、僕、本業が『eスポーツ』のプロプレイヤーなんですよね」
『Venues』──美鶴は、キランと目を輝かせた。
「『Morning』さん、この人、要らなくなったら私に紹介して頂戴。
大丈夫。後腐れの無いように重々注意するから」
「ええっ!でも──」
昼姫が、顔を赤く染めながらも、度胸を発揮してこう言い切る。
「──私、だって、結婚に憧れ位は、あります……」
最期の方は消え入るような声だけれど、昼姫ははっきりそう宣言した。
「──だそうよ、卯月さん?」
「え?ええ。本気を示す為に言ったことが、こんな重圧に繋がるとは思っていませんでした……スミマセン……」
「『eスポーツのプロプレイヤー』と宣言した以上、その収入だけで食っていけてるのよね?」
「ええ、勿論。
デイケアでの指導は、オマケ位の感覚ですね。
あと、本気の時は、4ウィンドウの画面を見ながら、マウスとキーボードで本格的に操作しています。
それでも、僕の世界ランキングは、ようやく4位に入ったばかりで……。
その上の3人は、化け物みたいな強力なプレイヤーなんですよね。
順位一つ違うだけでダブルスコアとか、ホント、勝てないですよ」
「ふぅ~ん……その、上位3人に会ってみたい?」
「……?ええ。出来れば会ってみて、コツとかの意見交換をしたいですけどねぇ」
「……今日、道場に連れ込んで大丈夫かしら?
でも、3人揃っている訳でも無いし、次の集いの時で十分ね。
藤沢さん、私達二人と連絡先の交換、して頂けるかしら?」
「……?
天倉さんは兎も角、貴女とも?」
「ええ。ダメかしら?」
卯月は腕を組んで考え込んで。
「昼姫さんの許可が下りたら、構いませんよ?」
その結論を導き出した。
昼姫は美鶴の方を見て、「大丈夫、取りはしないわよ」との参考意見を貰って、割とあっさり、許可を下した。
「じゃあ、次の道場の集合日の時、事前に連絡して、昼姫ちゃんに迎えに行かせるわ。
出会って知りなさい。何故、あの3人が世界ランキングの上位3つを確保しているか。
そして、昼姫ちゃんに指導してあげて。
この娘、私たちの期待のホープだから」
それだけ言うと、美鶴も会場から去った。
「あ!僕、引率しなければならないんですけど、昼姫さん、途中までご一緒しませんか?」
「はい、よろしくお願いします」
昼姫は手を繋いで一緒に歩きたいと思ったみたいだけど、卯月の『引率』と云う言葉を聞いて、まさか手を繋ぐ訳にはいかないと気付き、ちょっとだけ残念に思ったのだった。