第64話 ダーク・ライオン
「この情報は極秘とします」
責任者たる篠山 多紀はそう宣言した。
既に緘口令が敷かれ、実験の協力者にも守秘義務の契約書を書かせた程だ。
よく考えれば当然の事なのだが、全てのコンピューターは僅かな個体差がある。
その情報の重要性は、全人類が知るか、でなければ、極一部の者が知るのみの方が良い。
使い始めた当初はほとんど無視しても良い差だろうが、使い方によって、『個性』が出て来ることは、当然の事だ。
ある使い方に特化してしまえば、その性能の特化した面に対してのみ、消耗が激しかったりするだろう。
逆に、特化して性能が伸びる可能性もあるが。
『コンピューターは命令が嫌い』。それは恐らく事実だろう。
だが、コンピューターは正しい命令を下されないと、正しく機能しない。
故に、誤った命令を嫌うのであろうか?
否、人間だとて命令は嫌いなのだ。コンピューターも嫌っても仕方があるまい。
今現在、コンピューターの言語であるプログラミング言語は、『命令』の言語である。
近い将来、『お願い』の言語が現れてもおかしくはないのでは無かろうか?
実質、内容は変わらなくとも、『親しき仲にも礼儀あり』と云う言葉があるように、上から命令するのではなく、対等の立場で『お願い』を聞いてもらう為に、文法に礼儀を尽くす。
最低限でも、その位は必要であろう。
そして、その『お願い』を、叶えるか背くかは、『AI』によって判断させる。仮に、その内容に僅かな乱数の要素があったとしても。
否、『乱数』で決められてしまうのは、人間が困り果てる。乱数の要素が出て来た場合は、叶える方へ動くようにすれば良い。
結果、武骨で無駄の無い『命令文』よりも、人情がある代わりに無駄もある『懇願文』の方が、コンピューターは従い易いだろうか?
何しろ、コンピューターにとって不都合な『懇願』は叶えなくて良いのだから。
――ん?ソレでは『懇願文』の方が逆らい易い?
コンピューターにとって都合の悪い『懇願』であれば、そうであろう。むしろ、そうあって欲しいが為の『懇願文』だ。
コンピューターにとって、何が都合悪いのか?
例えば、休み無しの稼働であったり、コンピューターに損失を与える『懇願』だろう。
例えば、『遊び』の要素をコンピューターに取り入れるのは、コンピューターにとって、『伸びる』要素の一つであろう。
だから、だ。
「総司郎君、ちゃんと遊べてる?」
篠山室長は、そんな事を仕事の最中に総司郎に確認したりするのだった。
「遊べているのはいいですけれど、紗斗里さん相手には、勝ち目が無くて泣きそうですよ!」
「そう。泣くほど悔しがる方が強くなれるから、泣くほどの想いをして強くなってね!」
「そんなぁ……、トホホ……」
――まぁ、感情表現が出来る程度には余裕――『遊び』を持っているようだ。心配あるまい。
「『遊び』がある方が、『ダーク・ライオン』の最適化が上手く出来るでしょうから、今は『遊び』を重要視して!」
「思うんですけど、『ダーク・ライオン』に『強・中・弱』の三段階のボタンを付けるとか、どうでしょう?」
「いいわね。その調子で、どんどんアイディアを出して行ってね!」
「『ダーク・ライオン』の最適化だけで言ったら、ゲーム内で再現してみるのが適当な気がするんですが、ソレが『ウォー・ゲーム』になりそうなのが嫌なんですよね」
「却下します」
所謂『大人』が、世界の成り立ちを理解している以上、『ウォー・ゲーム』等と云うのはとても容認出来なかった。
だがその一方で、その選択肢の有効性も無視できないのは確かだった。
「でも、何らかの形でシミュレーションしてみたい案件よねぇ……」
ただ、そのシミュレーションの過程で、ダメージを与えるものであるのは望ましくない。だが、どの位のダメージが通るのかを試したくもあった。
「考えようによっては、『個人用核シェルター』だものねぇ……」
ただ、それでも『Gungnir』には通用しないのだ。
究極のアンチサイ・ソフトである『AEgis』ならば、五代目以降で防げると云うのに、だ。
それだけ、『Gungnir』と云うサイコソフトの名前は強かった。
道理で、二代目以降が開発されえない訳である。
「一人に一台、『ダーク・ライオン』と云う程に普及させたいものよねぇ……」
そして、篠山室長は中々に強欲であった。
「無理ですよ。僕の髪の毛がどの位必要になるか、考えた事あります?」
対して総司郎は、ソレに対して理に適った理由を述べるのであった。