第58話 『Swan』盗難
裏切者が出た。
『Swan』が盗難に遭ったのだ。
犯人の割り出しは容易だった。――クルセイダーの一員であった。
盗んだ『Swan』は、他国の『クルセイダー』に単価60万円で売却されていた。
盗んだ藤田某は『死刑』と云う刑罰が渡され、『Gungnir』で心臓を一突きであった。
数にして、23個にも及ぶのだ。半端な罰で済む訳が無かった。
例え1億6100万円の罰金刑にしたとしても、支払い能力は恐らく無い。
前例を許さない為にも、『死刑』と云う重い罰が下されたのだ。
「やるせねぇなぁ」
恭次がぼやく。
「藤田某が死刑を避けるべくに吐いた、野村某と表山某とか云う協力者には、暗部に依る暗殺者を送る事に決まったけどよぉ。
まぁ、結局は藤田某は死刑を避けられなかったけどよぉ。
買い求めた側に罰を下せないのは、やるせねぇなぁ」
「金銭的な損害だけじゃないからね。
敵側に『Swan』が渡ったらと思うと……。
敵対したら、確実に仕留める必要があるわね」
「『Swan』の適合者は……恐らく、居るんだろうな、諸外国には。
俺らは、未だ日本国内でしか探していなかったからな。
そもそも、契約したら、全てその通りに従うなんて良心は、日本人ですら100%は信じられないからなぁ」
「コレで、『Swan』に関わる詐欺が横行する可能性が高まって、『Swan』による治療そのものが信じて貰えない可能性が出て来たとか……。
全く、頭痛の種でしか無いわねぇ」
この際、『Swan』を利用されて、治療行為に対価を要求する者が現れることそのものは、二人は懸念していなかった。
ただ、適性が低い者に引き渡され、『Swan』による治療が失敗すると云うケースが、非常に頭が痛くなる案件であった。
療による『Swan』での治療ならば、一度、『Swan』による治療が失敗していても、再度の治療で治る可能性は非常に高い。
それ故、今までに療による『Swan』での治療は、失敗したことが無いのだが、『治る』と云う期待が効果に影響を与える事を考えれば。
――一度、失敗した者は、恐らく療への依頼があった時も、100%の信頼はしないだろう。
それ故、失敗の可能性が出て来て、一度でも失敗してしまえば、療への信頼は地に落ちる。
「それでも、療君は『Swan』による治療に『自信がある』と、言ってくれるでしょうけどね」
「療の自信は、頼り強いよな。
それだけに、一度の失敗もさせたくないところなんだが……」
「ええ、そうね。一度でも失敗して自信を失ったら――成功率は、少なくとも3割落ちるわね」
「そんなに落ちねぇよ。……あー、でも、そう言う理由は確かに納得がいくな」
「療君が病院で治療行為をする時に着る白衣の後ろに、『自信』って文字を入れたいわね」
二人はハハハと笑いながら話す。
『自信』と銘打つ白衣を纏う療。その治癒能力の頼り強さは、攻撃力の『Gungnir』、防御力の『AEgis』と並ぶほどのものが期待された。
実際、自信を持って治療に挑む療は、その姿が一回り大きく見える程なのだから、二人が頼りにするのも無理はなかった。
何しろ療の治療は、病で背が伸びなくなってしまった者を治療する際に、「再度の成長期を持ってくる事も可能ですが?」等と言い放ち――
後に、その患者は160センチまで、背が伸びた実績があるのだから。
紗斗里を以てして、療の『Swan』を使う才能は、「レベル10相当」と言わしめ、つまりは、理論上の上限値を上回る効果が発揮されているのだ。
患者からは、涙を流して喜ばれたが、それでも療は、「もうちょっと自然な形で治療出来たはず」と言ったのだ。
患者は治って喜んでいたものの、療の目から見て、未だ微妙に体格の「自然さ」が足りなかったのだ。
ソレが、療による『Swan』での治療の、唯一の失敗例と、本人は思っている。
それでも自信を失わないのは、療自らの治療能力の『伸び代』が、未だ残っていると感じているからだった。