第16話 ラムレーズンの紅茶
「……ラムレーズンと合いそうだな」
夕食の余韻に浸っていたら、意識が味覚に向いて、紅茶の味のイメージに繋がった。
俺の紅茶のブレンドと云うのは、基本的に、茶葉のブレンドでは無い。茶葉に合った、主にドライフルーツを一緒に蒸らして香りをつける、フレーバーティーのブレンドが殆どだ。
そして、このクリアな味の水に、ふとラムレーズンが合いそうだと思った。
ラムレーズンの紅茶と云うのも売ってはいる。
しかし、俺は自分でラム酒に干しブドウを漬けて、それを茶葉と一緒に蒸らすと云う、手間を掛けている。
手間を掛ける甲斐があり、こればかりは、分量が分かってから、失敗した事が無い。
ラム酒に漬けた干しブドウを、一人前につき、2粒か3粒。失敗した時は、単に、ラムレーズンの入れ過ぎによるもの。
入れ過ぎると、酔っ払ってしまう。
滝沢さんも興味が湧いたのか、残っていた紅茶を飲み干し、カップを俺に手渡した。
「思ったんだけど」
ティーポットに茶葉とラムレーズンをお湯で浸し、蒸らしている時に、彼女はこんなことを言って来た。
「お湯を注いでから、随分と待つのね。もっと早く、飲めそうな気がするんだけど」
「紅茶は、蒸らす時間が命だ」
確かに、もっと早くに飲んでも、紅茶の味や香りがしない訳では無い。が、ティーポットに蒸らす空間を十分に確保し、最低でも一分、蒸らしてやると、飲み比べれば分かる程、風味が違う。ただ残念な事に、少し冷める。
その分、飲みやすくなると思えば、必ずしも悪い事では無いが。
蒸らしが長すぎると、渋みが強く出てしまい、それも具合が悪い。
茶葉によっては、熱湯を注ぐと香りが飛んでしまうし、本気で美味い紅茶を淹れようと思ったら、中々難しいものなのだ。
俺とて、そういう上手な紅茶を淹れる技術を、全て知っている訳では無い。
知っていても、使わない技術もある。特に、茶葉の違いによって変えなければならない条件は。
「……あ!いい香り」
カップに注いですぐに、彼女は深く空気を鼻で吸う。
「アルコールっぽい気もするけど」
「酒に弱いのか?」
「ううん。……入っているの?」
「若干、な」
そう云えば、ブランデーを入れて飲んでいたなと思い出し、このくらいなら飲ませても大丈夫と判断した。
物凄く酒に弱い奴は、匂いだけで酔うと聞いた覚えがある。
「どうぞ」
「ありがとう」
お礼は、素直に言えるんだよな。ソコは好感が持てる。
両手でカップを受け取り、ふうふうと息を吹きかけて冷ましている姿を見て、急にこのシーンを写しておきたい気持ちに駆られ、スマホを取り出した。
彼女は、写す瞬間まで気付かず、無防備で、凄く可愛らしい写メが撮れた。
「……何やっているの?」
「……」
俺は、良い訳とか、返す言葉の一つも見つからず、黙ってスマホの画面を彼女に見せた。
「へぇー。なかなか、よく写っているわね。
写メ、送ってよ。メールでいいから」
「……コレ、待ち受けにしたら怒るか?」
「それって、口説いているつもり?」
「……」
果たして、これはナンパなのだろうか。
顔が熱を帯びる位真っ赤になっているのが分かるが、何と言えばいいのだろうか。
考えていて、話を逸らす策を思い付いた。
「冷ますほど、熱くないと思うぞ」
「……だから?」
余計に気まずくなった。空気が冷たい。
「口説いているなら、口説いていると、はっきり言ってよ!
あなたなら……口説くところまでは許すわ。付き合うとは言わないけど」
「いいだろ!シャッターチャンスだと思ったんだから!」
「――で?待ち受けにするの?」
「……お前が許可するならな」
「言っとくけど、私のファンは多いのよ。私の写メを待ち受けにするなんて、滅多に許さないんだからね!
その写メは、可愛く写っているから、許してあげてもいいけど」
「結局、上から目線なのな」
「……紅茶のお礼だからね。だから……またお茶しに来るわ」
ひょっとして、今の俺は、なかなかに幸せな環境にいるんじゃないだろうか。
ふと、この時、俺はそう思った。