第13話 薬の効果
「何の質問だったの?」
「別に。物理が得意なら、多少の説明をしてもいいが、苦手だったなら、説明しても理解出来ないだろうから、したくない」
「なら、私には分からないことなんだろうけど……。
あなた、頭はいいの?」
「然程では無い。
大学の勉強について行けなくて、中退した。
ただ、センター試験の物理の点数は、90点を超えた」
「――頭いいじゃない。
でも、何で卒業出来なかったの?」
「理系の大学には、そのくらいが当然の奴が五万と通っているんだ。
俺は、頭がいい内に入らない」
「そうか!苦手な教科の単位落としたんだ」
「違う!
――物理すら逃した。必修の、な。
もう聞くな!」
厳密に言えば、ちゃんと講義を受けていなかったことが原因なのだろうが、あの講師の講義は、受けたくなかったのだ。遅刻した学生に、「死ね!」などと言う講師なんぞ!
「自分の席に座れよ!」
少し、嫌な事を思い出して、イライラして来た。
情けない事に、女性に八つ当たりしてしまった。しかも、好意を持つ相手にだ。
その事実に、俺自身に対する怒りも湧いて来た。
彼女は、机の番号札をペリペリと剥がし、どこかの席で番号札を張り替えて、持って来た自分の番号札を俺の隣の席に貼った。
より一層、苛立った。
ただ、ありがたい事に、それ以上の彼女の発言を控えてくれた。
俺は背もたれに体重を預けてふんぞり返るように座して待つ。
やがて、席の八割は埋まっただろうか、その頃に、晴海先生がやって来た。
「これから、順番通りに呼んで、薬を配布します。
まずは1錠飲んでいただき、とりあえずは、室内で浮く程度に制御のコントロールをしていただき、八時間後、簡単な問診などの検査を行います。
この八時間の拘束時間に対し、対価を支払いますので、暇であろうと、この部屋から出る事は無いようにお願いします。
因みに、お手洗いはアチラです。
昼になったら、食事も提供します。
その他、用件がありましたら、出来るだけ対応致しますので、研究員にお申し付け下さい。
では――」
最初に、八人が呼ばれて、その内に俺も滝沢さんも含まれていた。
ポケットの10個あるケースと、そのポケットに1つずつの錠剤。水も渡され、その場で1錠服用する。
……何も起きない。
「効能が現れるまで、5分ほどかかりますので、席にお戻りになってお待ちください。
5分程が経ったら、またお呼び掛け致します」
そう言えば、効能を見せて貰った時も、5分ほど待たされたことを思い出した。
少し考え事をしていると、5分程が経ち、係員が「そろそろ効能が現れ始めます」とのアナウンスの後、急に、身体が持ち上げられるような感覚を覚えた。
背中に、紐でも括りつけられ、持ち上げられるような感覚だ。
「うあ……光の翼だ――」
誰かが呟いた。滝沢さんも同じ頃に薬を飲んでいた筈だと思い、様子を見てみた。
その背には、神々しいまでに輝く、光の翼が生えていた。
「ちょ……少し痛い――!」
思っていたよりも、強引に浮かされるような感覚だった。
ただ、未だ足は地に着いている。
制御は出来ないものか、翼を少し大きくすることを、強く念じてみた。
俺の身体は徐々に天井近くまで浮かんで行った。
「制御して下さいねー。強く念じたら、それだけで制御出来る筈ですからー」
足が地から少しだけ離れる程度のつもりで念じたのだが、強く念じ過ぎたと云うことだろうか。
今度は、少しだけ、そう……翼が徐々に小さくなるように念じてみた。
俺の身体が、少しずつ、降りて行く。地面に足が着く直前で、止まるイメージを念じた。
ピタッと止まったが、中々、自由自在に制御するのは難しそうだ。
今のところ、空を浮く気持ち良さと云うものは感じられない。ただ、不自由な印象が強い。
上手く制御すれば、自由自在と云うのなら、悪くはなさそうだ。
確か、最低でも47分は浮けると言っていた。まずは、その時間の中で、この空間の中でだけでも、自由自在に動けるようになりたい。
「これ、面白い!」