第12話 質問
薬を配布される日の朝、俺は、コンビニの飲み物売り場の前で、30分、悩んでいた。
ふと、視線を感じて店の外へと視線を向けた。
そこには、滝沢さんが立っていた。
彼女は店に入って来て、俺に近付くとこう言った。
「何やってるの?」
「いや……コレ、買おうかどうか、迷って」
それは、『コーヒー・紅茶用のミネラルウォーター』だった。
2リットルで、1,200円。高いが、試してみたい。一度でも良いから。
「……馬鹿みたい」
「馬鹿と言うな!俺の趣味だ、口を挟むな」
「あなたじゃなくて!
こんなの、あなた以外に買う人もいないでしょうし、そんなものをわざわざ置いてある理由が――」
ひょいと、横から伸びた手が、その水を1本・2本と持って行った。白衣の男性だ。
「待って下さい!」
「……僕?」
俺は、思わず呼び止めていた。
「その水、どうですか?」
「どう……って?」
「その水で淹れたら、紅茶、美味しくなりますか?」
「――僕はコーヒーを淹れるのに使っているんだけど。
まぁ、美味しいよ。凄く、クリアな味になる。半分、僕の為に置いて貰っている水だよ、この低ミネラルウォーターは」
「低ミネラルウォーター!?」
よくよくラベルを見てみると、『ミネラルウォーター』の前に、確かに淡い色で『低』の文字が記されている。
「クリアな味……スミマセン、呼び止めてしまって」
「ああ、いいよ。僕も、最初は凄く気になったからね」
コーヒーや紅茶には、ミネラル分の殆ど入っていない『軟水』が合うと言われている。それに対し、ミネラルウォーター等の『硬水』は、合わない筈。ソコに引っ掛かていたのだが、合点が行った。
俺はその水を一本、手に取った。
「買うの?」
「前から、水にも拘りたいと思っていたんだ。一度、試す分には、悪くない」
その時、急に携帯が振動した。店の外からも、サイレンの鳴っている音が聞こえる。
「お呼び出し。買うなら、後にすることね」
「……そうだな。
終わってから、美味しい紅茶を飲もう」
「それって、お誘い?」
「そのつもりは無かったが、別に来ても構わない」
本当にそのつもりは無く、ただの独り言だったのだが、コレで彼女とお茶出来るなら、ちょっと得した気分になれる。
そして、すぐにその低ミネラルウォーターを買いたい気持ちに後ろ髪を引かれるが、とりあえず、集会所へ向かった。
すぐ近くだったので、俺たちが一番乗りだった。
「都合がいいな」
「――何が?」
「別に」
研究員たちは、既に待っていた。
晴海先生はいなかったが、まぁ、他の人に聞いても、分かるかも知れない。
「ちょっと訊ねるが」
「何でしょう?あまり詳しい事は知りませんよ」
「詳しい奴はいないのか?」
「――あと20分程で来ると思います」
「そうか。じゃあ、とりあえず分かる範囲内で構わないが、質問に答えて欲しい。
背中に翼が生えて、斥力で空を飛べるという説明だったが、斥力を持つのに、何故、人間の背中に翼はくっついていられる?」
下っ端だろうが、その研究員は露骨に動揺した。詳しくは知らないのかも知れないが、コイツは、何かを知っている。
「すみません。私たちは、そこまで詳しい事を知らされていないんです」
近くに居た女性の研究員がフォローして来る。ならば――
「そこまで詳しくなくても、疑問には思っていなかったか?
研究を手伝っているのなら、最低限の基礎知識は知っているだろう。
疑問に思わない方がおかしいと思うのだが」
「――すみません。確かに、疑問には思っていました。
しかし、その疑問に答える結論を出す為の治験と思っていただければ、あなたの疑問は、今の段階で、結論を私共が述べられない理由として、納得していただけませんか?」
「……ならば、一つ、質問に『YES』『NO』で答えて貰えないか?
斥力子よりも強い、引力子の持つ力の正体に、見当が付くものは無いか?」
「……限りなく『YES』に近い『NO』です。ですが、それは可能性として論ずるより、私の個人的な推測の範囲内を出ません。
今、言えることはコレだけです。これ以上の質問は、責任者にしか答えられないと思っていただきたいです。
それでは納得していただけませんか?」
「いいだろう。君が、責任者に聞けと言っていた事を言うが、構わないな?」
「仕方ないでしょう。
少なくとも、ここまで答えるのも、私の権限を超える行為です。
ただ、あなたの納得する答えを聞けることを、期待しないで下さいね」
「了解した」
とりあえず、管理番号で俺の番号が記された席に座る。
滝沢さんは、番号を無視して俺の隣に座った。
「何の質問だったの?」