第11話 雰囲気
「俺が襲う様な男に見えるか?」
「見える」
視線が絡まった。目と目を合わせて、じっと睨み合う。
彼女が近付いて来て、顔をゆっくりと寄せて来た。
彼女の目が、トロンと蕩けて、恍惚としているようにも見える。
まさかこのまま……とも思ったが、俺は笑ってみせた。
「一つ、いいこと教えてやろうか?」
「……無粋な男ね。せっかく、気分が乗っていたのに」
驚いたように距離を取った彼女は、あからさまに不機嫌そうだが、俺は雰囲気に流されてキスしたりとかは、したくない。
相手としては、大満足だが。
「まぁ、聞けよ。
治験に協力して、俺が考えている事を教えてやろう。
一週間に10錠配られて、最低でも5錠は服用しなければならない。土日祝日も服用するなら、7錠だ。週に3錠余るな?
その新薬、売ったらどのくらいになると思う?」
「……3ヵ月で、35錠前後、貯まる計算ね」
「1錠1,000円は堅いな。初期には、1万円以上の評価を受ける可能性もあるだろう。
売り出した当初は、知っている奴だけでも買えば、売り切れるだろうな。
約3~4万は儲かると見ている」
「――打算があったのね」
「おいおい。時給2,500円は、全面的に協力していい条件だぜ?
ついでに、内職するだけだ」
「それ、奴らに話していい?
その条件なら、私が治験に協力する大義名分が立つわ」
返事を待つことも無く、神菜はスマホを取り出して、すぐに連絡を取り、あっという間に話を終えた。
「奴らは、相談してからと言っていた。だけど、私が治験に形式上の協力をすることに対しても、文句は言わせなかったわ」
「お前、強引だよな……」
「だから?」
女王と云うのは、恐らく、ゲームの腕だけじゃなく、その気質から付けられたニックネームなのだろう。
ワガママとも言える。
男を尻に敷くタイプだろうが、俺は対抗するタチだ。
簡単に、支配されはしない。
でなければ、さっき、雰囲気に流されてキスしていただろう。
……そっちの方が良かったかも知れないと、今は後悔している。
「まずは、コツを教えろよ」
「――あなた、女に興味が無いタイプ?」
「そんな事は無い。ただ、さっさと事を済ませて、ポイッ、ってことは、したくもされたくもない。
趣味を共にし、ゆっくりと愛を育み、長く付き合い、出来れば結婚まで考えられる相手とじゃなければ、いっそ一生、女に縁が無くても構わないと思っている。
それならば、趣味を一生の伴侶にしたい」
「古風なのか、逆に新しいのか、どっちなのかは分からないけど、一つ、分かった事があるわ。
あなた、女に裏切られたことがあるでしょう?」
その言葉に、俺が不機嫌な顔をすると、彼女は「図星?」と言う。
「だから何だよ!悪いか!?そんなに俺が悪い事をしたか?
クソッ!今日は俺が勝つまで帰さん!覚悟しやがれ!」
しかし、俺は翌朝まで、一度も勝つことは出来なかった。
ただ、とても充実して、幸せな夜だった。