第8話 時間稼ぎ
「――あなたの話を聞いてから判断しても良い?」
「三か月、脱走はするな。それで妥協してやる」
「良いでしょう。お金は貰えるし、ココでの生活そのものに不満がある訳じゃないから」
やれやれ。言い訳しないと、自分を説得する事も出来ない訳ね。
不器用な奴だ。嫌いじゃないぜ?
でも、はっきりと「好きだ」と言う度胸など、俺には無いが。
「物資を輸送するフェリーが来た時に、空を飛んで飛び乗ればいい。
陸地は封鎖されるだろうが、空を封鎖する事は、ほぼ不可能だからな。
だから、物資を輸送するフェリーは、どうやら不定期に来ている。しかも高速フェリーだと思われる。
ココに来る時に乗ったフェリーは、普通のフェリーよりかなり速そうだと思っていた」
晴海先生が嘆息した。やはり、これが正解か。
「しかし、俺にはもう一つ疑問がある」
聞くなら、このタイミングだろう。ちょっと時間を稼いで、滝沢さんが自分を納得させる時間を作りたい。
「1週間に、10錠?余る計算ですね。しかも、一括支給。どういう理由によるものですか?」
「空を翔べるとなったら、試したい人はいると思いますから、検査用とは別に、少し提供するだけです。
あとは、先程も言いましたが、1日2錠以上の服用や、不定期服用による変化も確かめたいですし。
理論上、1日10錠までは問題ありませんから。隠し持っていない限り、健康状態に異常が出る事の無い数字で用意しました。
ただ、週5日、1日1錠の服用をする分を残して欲しいと言っておきます」
「連続服用すれば、脱走の可能性はありませんか?」
「専用スマホをチェックしてみて下さい。GPS機能はありません。
この環境で、狙って日本への帰還は難しいでしょう。
それとも、たどり着けるかどうかも分からない国へ、パスポート無しで行くとでも?」
「もう一つ。
薬が余る、ってことは、3ヵ月過ぎた後、隠して持ち帰る可能性は?」
「問題となる副作用さえ出なければ、特許は既に申請してあります。
合法的に同じ薬を作る為には、特許取得から特許の権利が消失する10年後まで待たなければなりません。
私どもの許可を取れば、不可能ではありませんが、その際、私共は開発に掛かった費用の何割かを請求する事になるでしょう。
どこぞの国では、非合法に作る人も居るでしょうが、それなりの研究をしていなければ、同じ物を作るのは難しいと思います。
それなりの研究をしているような方々が、非合法的に同じ薬を作る事は行わないでしょうし。
しかも、この薬は、脳内の分泌物に大きく影響を及ぼします。
製造方法が違って、少しでも成分が変われば、命に関わる副作用も生じる事でしょう。
特許を取った上で、副作用が無さそうだと分かるだけでも、薬の何錠かが外部に流出しようが、然程大きな損失にはならないのです。
例え、転売するとしても、『空を翔ぶ薬』と云う肩書では、麻薬や覚醒剤の類と勘違いされる可能性は大きいですし。それ相応の値段が付けば、明らかに危ない薬だと判断されるでしょうし。
非合法な手段を禁ずるのは、ほぼ無理ですし。でも、特許を取ってあれば、訴える事が出来ます。
要は、特許の生きている10年間で、利益を上げる事が出来れば、特に私の仕事としては十分な成果です。
特許の申請は早い者勝ちですから。3か月後から薬そのものが数錠出回っても、問題はありません。
ご理解いただけましたか?」
「――つまり、ジェネリック医薬品として製造されるまでに、開発に掛かった費用を取り戻せるだけの利益を上げる宛がある、と」
「計画通りに売れれば、ですけれどね。
ちょっとした距離の移動には、かなり便利だと思いますが。
天気さえ良ければ、通勤の際に服用すると、かなり便利だと思いませんか?
最初は若干、高いですけれどね」
俺は、提示された条件には、全くの不満は無い。
しかし、先程挙手しなかった奴の中にも、まだ不満に思っている奴は少なからず居るだろう。
そういった連中がどう動くのか……。そして、その時、俺はどう立ち回るべきだ?
何か、小さなトラブルの予感がしてならないが、今のところは、とりあえず、話がまとまりそうだった。
ただ、実際に薬の効果を目の当たりにした時には、少なからず、驚かされることだろう。