第6話 反発
まず、見てみたい。全てはソコからだ。
未だ俺は、その話を信用してはいない。
大体、人間一人が空を飛ぶのに、どれだけのサイズの翼を必要とするのか。
その知識は、断片的にとはいえ、俺も聞いた事がある。
ならば。
俺は挙手してみた。
「はい、石川さん」
「どういう原理で、空を飛べるのでしょう?
理論立てて実証されているのなら、原理位は分かるでしょう?」
「その翼には、重力に対する斥力が発生します。同時に、人間の肉体と繋がる『強い力』も。
体重100キロ位までは、浮かびます。
その翼を、大きさを変化させたり、慣れれば方向転換の為に制御する事も、意思の力でコントロール出来るようです。
ですが、詳しい原理は、その位しか分かっていません。
『式城レポート』は、本人が為した証明を、誰も実証出来ないまま、式城博士が失踪しています。
ですが、原理を利用すれば、この位の薬を開発できるだけの研究がされているという事です。
似たような薬の研究は、恐らく世界中で行われています。だから、私たちがどう云うアプローチで研究を進めていたかを知られるだけで、大打撃を受ける程の重要な情報である為に、こんな隔離するような環境で治験を行う事になりました。
因みに、この薬の効果だけでは、この島の他の陸地までは、飛んで行けない事も確認しています。
効果が切れ始めると、徐々に高度が上げられなくなり、地上に降り立つ事になります。
ですので、海上に行く場合は早めに陸地へと戻るよう、お気をつけ下さい。
最悪、空を飛ばなくても、薬を服薬してから八時間後に健康状態を確認出来れば、治験としては十分な成果が上がりますので、無理に空を飛ばなくても構いません。
ですが、空を飛んでその感想をレポートに認めていただければ、追加で薄謝をお支払い致します」
直接的に言わなかったが、彼等が、ここまで隔離を徹底する目的は明らかだ。
新薬の、情報及び新薬そのものの持ち出しを防ぐ為の措置だ。
――だから何だ?
これだけ、不自由の無い暮らしを提供してくれた上に、給料まで支払われるのだ。俺は喜んで協力するぞ?
「何でしょう、滝沢さん?」
気が付けば、滝沢さんが挙手している。恐らくは、何らかの不満を覚えたのだろう。
若いな。不条理を、条件次第で受け入れる裁量を持っていないんだろうな。
「私たちが、この島から脱出出来ない為の措置に思えるのですが、YESかNOかで答えて下さい」
やっぱりな。
「どう解釈していただいても構いません。ただ、恐らくご存知の通り、私たちは何十億と云う費用をこの新薬の為に投じていますので、失敗する訳にはいきません。
ちなみに、事前調査で、スパイ容疑で落とした応募者を7名確認し、不合格としております。
まだ、2名か3名、見落とした可能性があると、私共は判断しています。
孤島を用意した理由は、そういった人たちが逃げ出せない為の措置ですが、そのような事情を隠していた事に、協力できないと云う方のいる可能性は、考えていました。
ですので、治験に協力できない方は、申し出て下さい。情報漏洩を防ぐ為、3ヵ月はここで生活していただきますが、土日祝日以外の週5日、1日8時間の計算で、給料は支払います。
生活に対する支援も、服薬を行う方と変わらない措置を致します。
どうですか?それでも不満だと仰る方はいらっしゃいますか?
それらの条件を提示すれば、合意して下さることを確認する為に、面接を行ったのですが、それでもこの島を出たいと申しますか?」
晴海先生の言い分は、確かに正論だ。しかし、人間には感情と云うものがある。
理性では承知できても、感情が受け付けないと云う奴らは、少なからずいるだろう。
「……それは、不満があれば、途中で治験を放棄しても、この島で暮らす限り、自由と云う事ですか?」
「その通りですね」
「分かりました。
私は、治験を拒否します。
それでも、給料はいただけるのですね?」
「ええ、構いません。
他にいらっしゃいませんか?
今、ココで決断しなくても、いつでも拒否していただいて構いませんから、私共にお報せ下さい。
今すぐ、拒否すると言う方は、どのくらいいらっしゃいますか?挙手を願います」
人数としては、10名もいない。……7名か。思ったより、少ないな。否、あの面接を通ったにしては、少し多い。
しかし、それで分かった事は一つある。
「彼等は、スパイでは無いですよね?」
俺は、そう断言した。
「そうですね。スパイであれば、薬の情報を得る為、服薬を避ける事は無いでしょうから。
そして、言いたくはありませんが、彼等はこの島を期間内に脱出する手段を失った」
俺は、恐らくそれの意味することを、正確に読み取った。
「――どういう事ですか?」