第1話 魅惑のバイト
時給2千500円。その条件に惹かれて、俺はそのバイトに申し込んだ。
期間は3ヵ月。給料は合計100万円以上になる筈だが、内容が少し気になった。
新薬の治験。
募集人数も、50人と中々多い。給料の総計だけで6千万円位になるだろうが、そこまで出資して治験する薬なぞ、見当が付かない。
いや、ただ俺に知識が無いだけで、薬の治験には、きっとその位は当たり前に掛かる費用なのだろうと、自分で自分を説得する事にした。
何にしろ、仕事をしていない今の俺に、そのバイトは『魅惑の悪魔』の如き魅力を放って見える。
応募してすぐに病院まで呼ばれた。
身体検査等による振り落としが行われ、それでも尚、100名近い応募者が居た。
それらを一堂に集め、最終選考が行われようとしていた。
「知っての通り、今回のアルバイトは、新薬の治験と云う名目で行われます」
説明を始めたのは、白衣を着た美女、名前を晴海 亜紀と名乗った。ただ、鋭い眼光が男を寄せ付けないオーラがある。
俺の好みとは、少し外れている。
「ですが、私どもとしては、新薬の情報を、他に漏らす訳には参りません。
これから、個人面談にて最終選考と致したいと思いますが、その前に、条件の通知を行おうと思います。
治験は、とある孤島において行われます。
勿論、生活に困るような事は、出来る限り無いように取り計らいます。
ですが、外部との連絡等、情報の漏洩に繋がる事は、一切、禁じられると思っておいていただきたいです。
その条件に承諾出来ない方は、今の段階にて、帰っていただいて構いません。
事前に、受付番号を通知しているかと思います。その通知書を係員に渡して、お帰り下さい。
30分後、受付番号順に面談を始めますので、それまでに決断していただきたい。
では、お帰りの方、どうぞ」
俺は、その程度の条件じゃ帰るつもりは無かった。
元々、友達も居ない。
家族との繋がりも希薄。
趣味と云えば、テレビゲーム位のもの。
正直に言って、遊ぶ金が欲しいのだ。
貯金は、当面の生活費程度しかない。
30分後、面談の開始が通告された。
「3番の方、1番室へどうぞ」
面談室は4箇所あって、それの『1番』と表示されている部屋へ俺は入った。1番と2番の人は帰ってしまったらしい。
「3番の、石川 吾郎さんですね?」
「はい」
ある意味ラッキー。担当は、晴海先生だった。
「幾つか、こちらからの質問に答えていただきます。
そちらからの質問も、後ほど受け付けますので、それまで考えておいて下さい。
さて。まず、孤独な生活には耐えられますか?」
「はい。しかし、これだけの人数を集めておいて、孤独な生活になるんですか?」
「ある程度。外部の人との連絡も取れませんし。
同時に、集団生活で上手にコミュニケーションを取れるのか、確認しておきたいのですが」
「積極的には行いませんが、和を乱さない程度には」
「結構。
期間中、外部とは一切、連絡を取れないと思っていただいた方がいいのですが、それには不都合はありませんか?
家族や親戚の不幸でも、連絡は出来ないと思っていただきたいです。
因みに、体調不良に関しては、私共も医師ですので、対処します」
「――然程、問題にはならないと思いますが、少し、徹底していますね」
「少し、では無く、ソレが死活問題とも言えますので、ご了承願います。
次に、秘密を厳守する事に対して、どの程度、耐えられますか?」
その後、20分ほど、質問が次々に投げ掛けられ、やっと、俺の質問が出来るようになった。
「孤島で生活するそうですが、そこでは、どの程度の自由を認められていますか?」
「島から出ず、治験に協力していただける限りは、常識の範囲内で。
恋愛に関しても特に禁ずることはありません。
ただ、スマホを使う事は出来ないでしょう。
通常のスマホの、電波を繋ぐ施設はありません」
「買い物は?品揃えにも限界があるでしょう?」
「時間さえいただければ、出来る限り取り寄せます。
飲食に関しては、ほぼ困らないように準備してあります」
幾つか質問してみるが、俺が耐えられない条件は一つも無かった。
宿泊場所が、個室というのも気に入った。
最後に、この質問をしてみる。
「新薬は、どのような効果を持つものなんですか?
治験する準備段階で、治すべき病気にかからなければならない、なんてことは?」
「詳しくは、採用した後に述べますが、薬の副作用以外に困る事は起こらない筈ですし、副作用も、今のところ、困る程の事が起こるような作用は認められていません。
新薬に関しては、今ココで、これ以上、述べる事は出来かねますので、ご容赦願います」
「そうですか。――コチラからの質問は以上です」
「分かりました。
一週間後、またこちらに出向いていただけますか?それまでに、ご準備願います。
新聞や、スマホの契約も、3ヵ月休みたいと云う事を伝えておくと良いですよ」
「――それは、採用と云う意味ですか?」
「はい」
拍子抜けした。もっと、時間を掛けて選考してとか、そう云う事はしないのか。
「一週間で、準備出来ますか?」
「はい。――今日は、もう帰っても良いのでしょうか?」
「どうぞ。
出来るだけ、少ない荷物でお願いします。
最低限の着替えさえあれば、何とかなると思っていただいて大丈夫ですよ」
鋭い眼光が和らぎ、ニコッと笑った。中々、可愛いじゃないか。
「じゃ、失礼します」
「はい、一週間後、ココでお待ちしています」
帰り道、俺の頭の中は、どのゲームを持って行くかと云う事だけが、悩みだった。
この時点で、このバイトに申し込んだ事に、一切の後悔は無かった。