第42話 フライト・レース本番
レース当日。
街を縦断するレースは、盛況と言っても良いだけの人が集まっていた。
パンデモニウムには、巨大なスクリーンが用意され、幾つかのテレビカメラからの映像として、レースの様子を映し出す事になっていた。
そのようなスクリーンが、街の随所にあるのだと云う。
参加者も、多い。アイオロスはレースが始まる前に、参加者が集まったところでウォーディンを探そうと思っていたのだが、考えが甘かったようだ。
フライトの魔法を使える人間が世の中にこれほど居たのかと、驚いてしまった程だ。
だが、たかが10分前後のレース。呪文の詠唱時間は致命的な筈だった。
そして、レースが始まる直前、驚くべき事が起きたのだ。
『READY』
その合図で、参加者の半数以上が翼を広げたのだ。まるで、エンジェルのように。
『Go!』
「『Flight』!」
それでも、全力を出したアイオロスのフライト・アーマーのスピードは、彼等を圧倒した。
風の結界のお陰だ。それに当たるものが無い、或いは生み出すのに時間が掛かるエンジェル達が追い付いて来る迄には、今暫しの間がある。
その為、トップ集団を形成しているのは、僅かに三人。
「師匠!」
「――いたのか、アイオロス」
その三人にアイオロスは含まれていたし、そしてウォーディンもソコに居た。
その瞳は真ん中で真っ二つに金色と黒に分かれた、まるで半月。髪の色も、半分金色で半分が黒い。因みにこの日の月は半月だった。
「驚いただろう。この街では、エンジェルと人間が共存しているんだ。
このレースの為に、街の資産家達がエンジェルを飼っている。
そして、その仲介役を果たしたのが……奴だ」
ウォーディンの指差した先を見ると、他のエンジェルとは何か雰囲気・毛色の違う、一人のエンジェル。
彼も気付いて、ジェスチャーで挨拶した。
「名は、ルシファー。
今は人間との馴れ合いをしているようだが、世界で最も危険なエンジェルだ」
「よろしく」
「――るしふぁー?」
間の抜けた声が出たと、アイオロスは自分でもそう思った。
そんな名前、参加者のリストにもなかったし、第一、ルシファーがこんなところで人間とよろしくしている等と言う状況など、あり得ない。と、瞬時に思って余りにも驚いたせいだ。
「それ以上の話は、レースが終わってからにしよう。
あの盾を手に入れたら、ソイツは何をしでかすか分からない。渡す訳にはいかないんだ。
悪いが、置いて行くぞ。私は更に加速する」
「では、お先に」
ルシファーがまず、先行した。呪文を詠唱していたウォーディンも、すぐに加速して追いかける。
「――フライト・アーマー一つで、師匠と対等に競えると思った僕が甘かった」
アイオロスは、レースの直前にクィーリーから渡されたお守りを握り締めた。
「でも、どうしてルシファーの名を、クィーリー達は僕に知らせなかったんだろう?」
『私たちが情報を仕入れた時点では、エントリーしていませんでしたから』
「クィーリー?」
クィーリーのものらしき声にアイオロスは驚くが、見回してもそれらしき姿は見つからない。
『魔法で話し掛けています。
その鎧の性能、ブーストしますので、心の準備をお願いします。
ルシファーには、負けないで下さいね』
「OK!」
直後、急激な加速圧で意識が揺らぐ程の衝撃を受けた。
「くっ……!
凄い――!
――でも、コレなら……追い付けるか?」
だが、その加速を受けるのは、少々遅かったかも知れない。
追い付くには、先行する二人よりも速いスピードで飛ばなければならないのだ。
「僕に……魔法が――使えれば……!」
切実に願った。
フライトアーマーに取り付けられているアルフェリオン・コアは、先程までの速さで飛ぶ為に特化された能力を発揮するように加工されたアルフェリオン結晶。
風の結界や、それに付随する空気循環能力位は、辛うじてある。
その為、フライト・アーマーのアルフェリオン・コアを他の魔法の発動体には使えない。
だが、今はもう一つ、アイオロスにはアルフェリオン製品がある。――『水月』だ。
ソレを使えれば――。
アイオロスは呪文を唱え始めた。理論は学んでいる。使えない事は無い筈だ。
「『SONIC』!」
爆発的な加速が得られた。文字通りの音速には未だ及ばないが。
その加速に耐える力は、加速を得る為の魔法が並行して自動的に発動していた。
段々と、先行していた二人に近付いて行く。
だが、追い付いたところでアイオロスのものか、クィーリーのものか、どちらかの魔法の発動時間が切れた。
三人は、ほぼ横一線に並んで飛ぶ。
「――!
アイオロス!その背の、光の翼は……」
「光の――翼……?」