第34話 ヒ・ミ・ツ♪
「――寄って、オークションに間に合う?」
すぐには答えず、苦笑いをしてから頭の中で時間を計算し、アイオロスはこう答えた。
「――厳しいラインですね。ギリギリで、間に合わないという方に賭けたいぐらいですから」
「1000㎞以上もの距離を、十分な速さで移動する手段に宛はあるの?」
「僕には、フライトアーマーがあります。
日が昇り始めてから沈むまでに間に合う自信はあります。
多分、クィーリーもその程度の速さで飛べるんじゃないでしょうか?」
アイオロスはクィーリーの方を向き、彼女はそれに答えようとするが、フラッドに身振りで制止された。
「あ、答えなくて良いわよ、クィーリーさん。
当然、その位は朝飯前でしょう?
私は――ちょっと無理かしら?連続して、それほどの距離を飛び続けられる程の能力は持ち合わせていないわ。
一時的に、それに匹敵するスピードで飛べる自信はあるけど」
「ですから、お二人にはバスの方で先行し、オークションに確実に参加しておいて欲しいのです。
手付金さえ支払っておいて貰えれば、多少遅れても、必ず代金になるものを持って駆け付けますから」
流石。『風の英雄』の称号は伊達じゃないと、フラッドは思った。
「――エンジェルに負ける、って可能性は考えていないようね」
「ええ。先程のエンジェルとの戦いを見たのですから、そう思う気持ちも、分かる筈ですよね?
それに、クィーリーも一緒ですから。体術だけを取っても、僕より強いクィーリーが」
「それが信じられないのよね。本当に、そんなに強いの?」
どうやら納得出来ないらしいフラッドに向かって、クィーリーは目配せだけでアイオロスに確認を取ってから、話し始めた。
「――私も、ウォーディンさんから体術は仕込まれましたから。でも、事情があって、今は見せられませんけど。
けど、対エンジェル戦に於いて、それはほとんど役に立ちませんね。
やはり、私の本領は魔法です。
あと、この弓もありますし」
「――並のエンジェルには、負けない?」
「勿論。相手となるエンジェルが、少数と言える範囲である限り」
「なら、資金の調達は二人に任せるわ」
そう言ってから、フラッドは躊躇いがちにこう付け加えた。
「――それで、手付金として支払う為のお金を、ほんの少しで良いから融通して欲しいんだけど……」
「――今、あなたの手元にある分では足りませんか?」
「ちょっと、不安ね。
銀の延べ棒で三本。その位、融通してくれない?」
「分かりました。良いでしょう」
多めに言ったと云うのに、それを素直に差し出すアイオロスに、フラッドは改めて感心した。金銭面は勿論、彼の器の大きさに。普通、知り合って間もない相手に、そんな大金は渡さない。
「ありがとう。
さて、トール。早速今晩、バスに乗って、オークションが行われるっていう街に行くわよ。
クィーリーちゃん、色々と情報交換をしたかったけど、それはまた今度の機会にね」
「はい!是非、そうして下さい!」
延べ棒三本を受け取ったフラッドの言葉に対し、妙に嬉しそうに、クィーリーは元気良く返事をした。
「何だか、妙に嬉しそうね」
「だって……。今夜は、アイオロス様との初夜なんですもの……」
彼女の顔は、上半分は仮面に覆われて見えないが、覗いた下半分が真っ赤に染まっていた。
「はいはい。分かりました、分かりました。勝手に期待していて頂戴な。
じゃ、行きましょう、トール。こんな色情娘は放っておいて」
「おいおい。流石に、まだ早いだろう」
「準備、ってものがあるでしょう?
それじゃ、お二人さん。今夜は存分に楽しんで下さいな。
ま、せいぜい愛欲に溺れて遅れるなんてことが無いようにね」
困った顔をしているのは、アイオロス。
「――僕に、そんなつもりはなかったんですけどね」
「でも、クィーリーちゃんの方から求められて来たら、断らない質でしょう?」
「まあ……そうですけど」
「じゃ、向こうの街で、また会いましょう」
そう言って歩き始めたフラッドの後を追うように、トールも去り、クィーリー待望の二人っきりの時間が訪れた。
その晩、何があったのかは、ヒ・ミ・ツ♪