取り引き

第32話 取り引き

「先に言っておきますが、返品や追加料金はお断りしますから」

 物がアルフェリオン製品となれば、アイオロスも態度を変えた。
 
 アルフェリオン製品と云えば、マジック・アイテムの中でも、逸品中の逸品。滅多に手に入る物では無い。
 
「そうだ!」

 名案とばかりに、店員は言う。
 
「そのアーチェリー、20万で買い取ってやろう。

 10万で買ったものを20万で売れるなら、文句は無いだろう?
 
 タダで10万、儲けるようなもンだからな」
 
 正確には、『儲けるようなもン』どころでは無い。品の価値を考えなければ、はっきりと『儲ける』のである。
 
 だがしかし、アイオロスは首を縦には振らなかった。
 
「100万の価値があるかも知れないものを、誰が20万で売ると思っているのです?

 確かにその金額で売れば、品の価値を無視すれば、丸々10万、儲けることになりますが、半値としても50万は出していただかないと納得できる金額ではありません。
 
 それなりの金持ちで、訳アリの人やコレクター相手ならば、50万・100万どころか、数百万で売れますからね。確実に」
 
「くっ……!!50万は、無理だ!

 いや、しかし……」
 
 店員は頭を抱え込む。
 
 それはそうだろう。それだけの価値が、アルフェリオンの弦を持つ弓にはあるのだから。
 
 店長に知られたら、まず間違いなく、クビだ。
 
「そうだ!

 良い情報をくれてやろう。その代わり、そのアーチェリーを20万で買い戻させてもらえないかな?」
 
「その情報に、それだけの価値があるという証拠は?」

「――そうだな。こう、言っておこうか。

 まずはある程度、具体的に教える。
 
 だが、肝心な部分は、その条件を飲んでくれたらと云う事で。
 
 話は、こうだ。
 
 とある街で、近々、オークションが行われる。――と言っても、ただのオークションじゃない。マジック・アイテム専用のオークションだ。
 
 具体的に何が出るかは知らないが、とあるマジック・アイテムのコレクターだった金持ちの男が死んだ為、その息子が、それらのコレクションをデビルに活用してもらう為に、一気に放出するそうだ。
 
 まず間違いなく、掘り出し物の2つや3つはある。
 
 それも、信じられないぐらいの安値で取引されてしまう代物が、下手をすればゴロゴロと出て来る可能性もあるんじゃないかと言われている。
 
 死んじまった男は、唸る程の財を一代で手に入れた有名なコレクターだったらしいんだが、名前まではここに情報が入ってきていない。
 
 信憑性については俺が保証する。ガセネタだった場合は、買い取ると言った金額と同じ20万で、仕方ないから売ってやるよ、その弓を。
 
 トレードする情報は、そのオークションが行われる街の場所。
 
 交換条件はそんなもンで勘弁してくれねェか?」
 
「ガセネタだった場合のこの弓を売ってくれる金額を、10万にしてくれると云うのなら、その条件、飲みましょう。

 そうでない場合は、街の場所をコレで買いましょう」
 
 アイオロスが取り出したのは、銀の延べ棒を一本。
 
「2万ドル。その情報の値段としては、破格の高値だと思いますが?」

「――ガセネタだった場合のアーチェリーの金額を、せめて18……いや、15万にしてくれないか?」

「太鼓判を押せる程、確かな情報なのですよね?だったら、その金額で構わないのではありませんか?

 僕としては、この弓以上のマジック・アイテムを手に入れられる可能性が、明確に見えない以上、これ以上は譲歩出来ません。
 
 いや、むしろ、それ以上の条件を付けたいくらいです」
 
 店員は眉を顰める。
 
「――それ以上の条件?」

「ええ。オークションへの到着が間に合わなかった場合にも、その情報がガセネタだった時と同じ扱いをしてくれると云う条件です」

 店員は、カウンターに突っ伏した。
 
「……泣くぞ、俺ァ。

 もし、そんな条件を飲もうものなら、わざと間に合わないようにその街へ向かってからここに戻って来て、白々しく『間に合いませんでした~』なんぞと言って、更にコッチが10万も損する条件で取り引きしなけりゃならなくなるってことじゃねェか。
 
 そんなの、丸っきり詐欺じゃねェか」
 
「『風の英雄』と呼ばれるこの僕、アイオロスを信用して貰って、最も早い方法で向かう事を約束しますが?」

「駄目だね、飲めねェ。

 確かに『風の英雄』アイオロスの名は、俺も知っているが、強いという他には何も知らないに等しい。
 
 信用出来る人物だ、なんて情報は、少なくとも俺ァ知らねェ。
 
 ……分かったよ。この情報、ソイツで売ってやる。寄越せ」
 
「高い情報、買うのねー」

 よだれでも出そうになったのだろうか、フラッドはつばすすってそう言った。
 
 たかがオークションの行われる場所の情報料としては、銀の延べ棒一本は破格の高値だからだ。
 
 店員は、延べ棒を奪うように受け取ると、真っ直ぐに南を指差した。
 
「ココから南へ約1000キロ。日程は、明日か明後日の夜だと云う話だ。

 ま、今夜はこの街から、そのオークション目当ての客を対象とした、その街へ向かう特別高速深夜バスが出るから、それに乗ると良い。まず間違い無く、間に合う筈だ。
 
 ――そのアーチェリー、手放す気になったら、ウチに来てくれよな。
 
 近い内に金を用意しておくから、それなりの金額で買い取らせて貰うゼ」
 
「――ま、考えておきます」

 心にもないセリフを、アイオロスは吐いた。
 
「さて。まずは、僕から話しておきたいこともありますし、部屋に行きましょうか」