迎撃準備

第25話 迎撃準備

「それでも、今はどうでも良い事だ。

 見ろ、向こうを」
 
 トールが、右手で大剣をかついだまま、左手で街とは逆方向の空を指差した。
 
「見えないか?多分、エンジェルだ」

「――本当だ。エンジェルが、かなり遠くだけど飛んでいる。

 ……一、二、三、四、五……。五体いますね」
 
「本当ですね。何をしているんでしょう?」

 トールが指差す方を向いて、アイオロスとクィーリーはそう言った。
 
 だが、フラッドは未だ見えていないらしく、目を凝らしてそちらの方の空をじーっと眺めていた。
 
「……何だか良く分からないけど、確かに向こうの空に点みたいな不自然なものが五つあるみたいね。

 けど、私にはこの距離でアレの正体を見極めるのは無理だわ。
 
 でも……。
 
 アレって、本当にエンジェル?
 
 何で皆、ソレが分かるの?」
 
 返事をする余裕を、三人は持っていなかった。
 
「こっちに向かって来てますね。――って、それって、危ないんじゃ……」

「退治しましょう。彼らが街に辿り着く前に」

「一人一体だとしても……一体余るね。

 ――どうしよう」
 
 空を高速で飛ぶエンジェルを食い止めるには、役立たずが一人。
 
 それでも数に数えて、なお一人、足りない。
 
「食い止めるのは、任せた!俺は下から援護する!」

 自分が役立たずと、トール自身も悟ったようだ。
 
「私は二人位が相手なら、食い止められますが……」

 クィーリーはそう言うが、アイオロスとフラッドが一体ずつ食い止めても、まだ一体余る。
 
「俺が早い段階で一体を葬れば、街に被害が及ぶこと無く、食い止められるな」

「アイオロスさん、指揮をお願い致します。エンジェルとの対戦経験は、あなたが一番、豊富でしょうから」

「ぼ、僕が?」

 言われてアイオロスは、自分を指差して動揺するが、そこは、エンジェルと戦い慣れた彼の事。
 
 普通はエンジェルが近付いて来ることによって慌ててしまうところで、逆に冷静になっていった。
 
 そうしなければ命を失う事を、本能に近いレベルで、経験として思い知らされている。
 
「なら、クィーリー、彼等と接敵するまでに十分な余裕を持って、エンジェルを召喚出来るかい?

 命令は、近付いて来るエンジェルの一体に狙いを定め、攻撃し、街に近付けさせない事を。
 
 トールさんは、ここから援護をお願い致します。
 
 フラッドさん。それに、エンジェルの召喚を終えてから、クィーリーも。
 
 空で、彼等を迎撃しましょう。クィーリーが召喚したエンジェルの的になっていないエンジェルを。
 
 クィーリー、君は、召喚したエンジェルの援護を含めなくても、二体のエンジェルを迎撃出来るかい?」
 
「はい。ご心配なく。やって見せます!

 では、早速、エンジェルを一体召喚しますので、呪文を唱え終えるまでは集中を乱すようなことは避けて下さい」
 
 先程、クィーリーがエンジェルを召喚するのに掛かった時間と、遠くに見えるエンジェルが到着するまでのタイムラグを考えての、アイオロスの作戦である。
 
 時間には、十二分に余裕があった。だが、二体のエンジェルを召喚するほどの余裕があるとは思えない。
 
「ふっふっふ。

 魔法戦よ、魔法戦!それも、エンジェル相手なら、空中戦になるわね。
 
 フライトと、ファイア・ボールは得意な魔法なのよ!
 
 派手に吹っ飛ばして、天狗になる位、自分の能力の高さを思い知りたいところね。
 
 アイオロスさん、飛ぶわよ!」
 
 呪文を唱え始めるフラッド。アイオロスにも呪文の意味が理解できる、最も簡素な形のフライトの魔法だった。
 
 だが、最も簡素な形であるからと言って、決して馬鹿にしてはいけない。
 
 極限の強さを手に入れた、フライトの魔法を使用できる魔法使いが辿り着く、最も便利なフライトは、その呪文によるものなのだ。
 
 何より、他の魔法と併用出来るのが良い。
 
 欠点は、長時間を飛ぶのに適していないという点位だろうか。
 
 それでも、約一時間の間に、100km程度の距離を移動するだけの能力を持っているのだ。
 
 ソレを使える魔法使いの大半は、一日に一時間程度しか、体力的・魔力的にその魔法で飛ぶことが出来ない。
 
 だが、それを使った後は、一晩眠って十分な休養を取れば、再び使う事が出来る。
 
 余程の事が無い限り、不便さを感じる事は無い。
 
 フラッドはコレが本日二度目なので、並の魔法使いよりは優秀な事がそれだけで分かった。
 
 因みに、アイオロスのフライトアーマーは、持続時間がソレより遥かに長いという他に、フラッドの唱えている魔法との違いは特に無い。
 
 あとはせいぜい、キーワードだけで発動出来るか、長い呪文を唱えなければ使えないのかという程度の違いだ。
 
 時には、それが決定的に大きな差となる事もあるが。
 
「私にとっては、初めての実戦なのよね。

 最初の敵がエンジェルだなんて……。
 
 ゲームだったら、クリア直前のエンカウント・モンスター並の強さが相手ですもんね。
 
 私、どの位のレベルなんだろう?」
 
「それじゃ、まるっきりファンタジーRPGの世界じゃないですか」

「あら。今の時代にも、ファンタジーRPGなんて言葉が通用するゲームみたいなものがあったんだ。

 魔法があるんだから、ファンタジーRPGの世界をやっても良いじゃない。
 
 それとも、あなたはどんなつもりでいたのですか?」
 
「――いや。僕はただ、皆にこう言いたいだけですよ。

 『皆。コレも現実なんだよ。ゲームや物語の世界の中での、だけなんかじゃないんだよ?それだけははっきり自覚しようよ』って」
 
「――はっきり自覚しているから、ファンタジーRPGの世界観を持ち込んでいるんじゃないかしら?

 どうせ生きるなら、楽しくね、って」
 
「――僕には、現実逃避の極致にしか思えない……」