新たなヒューマノイド

第6話 新たなヒューマノイド

「――まさか、そんなに時が経っているなんて……」

 魔法が発見されてから、アイオロスが知る限り起きたことを説明したところ、そのほとんどを彼女は知らないらしかった。
 
 逆にアイオロスも、彼女の口からエンジェルが魔法科学研究所によって生み出されたことを、明確に知る事が出来た。
 
 アイオロスは剣術の師匠から、そうであるらしいことを推測という形で聞かされていたのだが、今、ようやく真実を知るに至ったのだ。
 
 それらの話を照合すると、彼女は軽く見積もって、百年前後の時を、一度の例外を除いて、ほぼ眠ったまま過ごしていたらしい。
 
「エンジェルは、魔法の守護者。特に、アルフェリオンの。

 アルフェリオンは、普通の人間が魔法を使うのに、最高の手段。
 
 それ故に危険性が問われていたものですから、私はアルフェリオンで出来た刀を護るために作られました。
 
 ……その刀は、今、あなたが持っている筈ですよね?
 
 実は、その刀を使われていれば、先程の戦いにあなたが勝ち、私は死んでいた可能性が高かったのですが……」
 
「――そうだったのか。

 ……そんなにこの刀は優秀なのか?」
 
「ええ。世界一の刀だと、作り手である『マジシャン』は言っていました。

 ――って、マジシャンと言っても分からないでしょうね」
 
「ああ。聞いた事が無い」

「マジシャンとは、魔法科学研究所を設立するにあたり、人類が作り出したニュー・ヒューマノイドの1種。

 人間に、人工進化を施した存在。
 
 理論上は、人間にも使える『魔法』という技術を、自由自在にハイレベルで使いこなす能力を持った人類です。
 
 私たちにも、何%かは知りませんが、その血が流れています。
 
 ですから、私たちエンジェルは、アルフェリオンに頼らなくても、或いはマジシャンによって特別に力を与えられた言語である、『呪文』を使った言語魔法に頼らなくても、魔法を使う事が出来ます。
 
 勿論、呪文やアルフェリオンという触媒を組み合わせて使った方が、より強大な現象を引き起こせるのですが。
 
 何故、私たちエンジェルにマジシャンの血が混じっているかと云うと、まあ、私たち『エンジェル』に限った話では無いのですし、あなたが知っているかどうかまでも知りませんが、『エルフ』、『ジャイアント』と云う二つの種族を併せた三つの種族が、魔法科学研究所によって、マジシャンと人間を交配させたり、その血を利用して、他の生命体の遺伝子を取り入れたりして作り上げられたからです。
 
 ――何故か、ジャイアントには、普通の人間と同じか、それにも及ばない程に、魔法を使う能力が低いのですけどね。
 
 一説によれば、ジャイアントにも魔法の行使は可能なのですが、その能力は、フィジカル・コントロール以外には無いとも言われています。
 
 ――まぁ、私たちエンジェルも、空を飛ぶ能力を除けばマジシャンより劣りますし、エルフも、不老長寿と云う一点を除いて、同じくマジシャンに劣ると言われていますが。
 
 ……余計な話でしたね。
 
 魔法は――いえ、魔法の源である『魔力』と云うエネルギーは、個人の容量は決まっていますが、貴方も知っている通り、人間を始めとするヒューマノイドが無限に居ると仮定した場合、無限のエネルギーとなり得るものです。
 
 夢の、無限のエネルギーにようやく到達したと、研究所の皆は喜んでいました。
 
 もう少しで理想郷に手が届くと――希望に満ちた目をして……研究を、続けていました」
 
 一度、彼女は言葉を区切った。
 
 アイオロスから逸らされた顔が、みるみる表情を変えて行く。
 
 段々と悲し気な表情に。怒りに代わったかと思えば、やがてそれらが入り混じる。
 
「――それなのに、何で、こんなことに!

 優れた技術も、兵器として使われてしまえば、信用を失うって、そう言って、守って来たのに!
 
 守り続ける為に、私が犠牲になったのに!
 
 どうして?どうして肝心な時に私は眠り続けていたの?
 
 私が守り続けていれば、こんなことには……!!」
 
 ガシャッ。
 
 アイオロスが投げ捨てた拳銃が、やけに大きな音を立てて床を転がった。
 
 今にも涙が零れ落ちそうな瞳が、アイオロスの方を向き直す。
 
「……元々、弾は切れていたからね。君を信用する事にした以上、コレは必要無い。

 君も、僕を信用する事にしたんだろう?だから、余計な話をペラペラと……。
 
 ――失礼。表現が適切では無かったね。『ペラペラと』とは。
 
 優れた技術であろうと、欠点の一つや二つぐらいはあるさ。
 
 それが極端に現れたことを、そんなに悲観する事は無いと思うよ。優れている事には変わりは無いのだから。
 
 万が一、欠点を知らないままに使う事になっていたことを考えれば――まぁ、遠い将来にまで考えを及ぼせば、良かったとは言わないまでも、得るものはあったと思うよ。
 
 それよりも――」
 
 ピシッ。
 
 奇妙な音が、聞こえて来た。
 
 アイオロスは立ち上がり、左手の刀をコートの内の鞘に収めた。
 
「これは――」

 ピシッ。
 
 天井からだ。ひびが入っている。それも、かなり酷く。
 
「危ない!」

 気が付いていない彼女の下へ、アイオロスが走り寄るのと、天井が崩れ始めるのとは、ほぼ同時だった。
 
 アイオロスはそのまま彼女を抱き上げると、「『FLIGHT』!」とキーワードを唱えた。
 
 ガラガラと音を立てて崩れ落ちる天井の瓦礫がれきは、二人へは届かなかった。見えない壁に阻まれたように、二人を避けて落ちて行く。
 
 そのまま、アイオロスは天井から外へと飛び出して行った。
 
「エンジェル!

 まさか、こんなところに……」