天使の光の宝珠

第2話 天使の光の宝珠

 ――『エンジェル』。
 
 それは、突然現れた亜人類である。
 
 破滅を逃れた人類の前に、突如として現れた。
 
 天使。
 
 それを見た者のほとんどは、そう表現するだろう。だから、『エンジェル』と呼ばれる。
 
 エンジェルとは。
 
 基本的に人型。但し例外は多々ある。
 
 背中に翼が生えているのが最大の特徴。
 
 大半のエンジェルは純白の、そう――鶴のような翼を持っているが、中には光の翼を持つ者も居るので、それを生えているとは言わないのではないか、という意見も中にはある。
 
 また、光の翼を持つエンジェルは、特にアーク・エンジェルと呼ばれ、エンジェルの中でも位の高い者だと言われている。
 
 エンジェルは、例外無く美しい。ほとんどが美男美女。たまに、人間とはかけ離れた姿を持つ者もあるが、そういった者たちもまた、一種の違った美しさを持つ。
 
 中性的な美しさを色々な意味で持つ者が多く、それこそ正に、人間離れした美しさを持つ。
 
 『あの天使、不細工だ』等と言えば、天罰ぐらいは下ってもおかしくない。
 
 エンジェル、つまり天使は、その名が示す通り、天の――意味としては、一般的に使われるように『神の』の代名詞として使われるそれと考えて良い――使いなのだから、例えば絵の中の天使を罵る程度ならば、数人が顔を顰める程度で見逃してもらえることが多いのだろうし、教会での説教は、まぁ、マシな方。
 
 時と場合によっては鉄拳制裁、時代が時代ならば、火あぶりにされることも覚悟すべきだろう。
 
 ちなみに堕天使を幾ら罵ろうが、人間からの非難・その他は無いのが常識だ。
 
 天使とは、つまりそういう存在と、過去、考えられていた。
 
 それがある日、雲一つない空から舞い降りてきたら、あなたならどうする?
 
 その1、見なかったことにして過ごす。
 
 うーん、実に冷静な判断だ。それが一番正しい答えかも知れない。
 
 その2、後で知人に自慢する。
 
 ……惜しい、だが、果たして信じてもらえるだろうか?
 
 では、こういうのはどうだろうか。
 
 地にひざまずき、天を仰ぎ、祈りを捧げる。ついでにお願い事もしてみたりする。
 
 うむ、それだ!
 
 なけなしの信仰心を、ここぞとばかりに発揮して、そしてほんの少-しの人間性も見せてみたりする。
 
 それこそが、求めていた答えだ!
 
 第一、天使と云うからには、見る者全てを平伏ひれふさせるぐらいのカリスマ性は持ち合わせていて欲しいものだ。
 
 そして、それは起こった。
 
 時は、二十三世紀末。魔法の出現により、人間が滅びかけてから、ようやく復興の兆しを見せかけていた頃。エンジェルは現れたのだ。
 
 それは、空に浮遊し、眼下に広がる街を見下ろしていた。
 
 純白の翼と聖衣、その上に纏う、邪悪をさえぎよろいのような光のオーラ。
 
 幾千もの人々が彼を崇め、これから下されるであろう祝福を信じ、喜んだ。
 
 彼が輝く宝珠を零した時、それを受け止めようと街の中心部に人が集まった。
 
 その際、一人の少年が幸か不幸か人々の下敷きになった。
 
 その少年は、冷静だった人間の一人だ。
 
 そればかりか、周りの様子を観察し、自分が寝惚ねぼけてると判断して、家へ帰ってからもう1日ぐらいは寝ていようと決断し、実行しようとすらした。
 
 だが、判断は遅すぎた。
 
『お前のせいだぞ、何とかしろ!』

 少年が念じたとき、天使は光の宝珠を生み出した。
 
 大勢に踏みつけられながら、最後まで耐え抜いた少年の、鍛え抜かれた身体も大したものだが、ほとんど一部始終、目を開いて見ていたという事実こそ、褒めるべきであろう。
 
 そのお陰で、他の都市にも最終的にはこの都市で起きた出来事が知れたのだから。
 
 天使が光を零した時、少年は他に気をとられていた。一人の少女が、珍しく未だに3階もある家の、一番上の窓から、いっぱいに身を乗り出していたのだ。
 
 人と人との隙間から見える、コマ送りに落ちて行く少女。
 
 光の雫に手が届く直前、それが明らかに大きくなったことと、少女が確かに笑っているのを少年は見た。
 
 だが少年は、天使が生み出した光が、少女の期待しているようなものではないであろうことを、予想していた。
 
 ソレを見ていた人間の中で、唯一、その可能性に気付いていたのだ。
 
 少年は、少女が落ちたことによって死ぬことはないことを確信していた。怪我は勿論、痛みも無いだろうと信じていた。
 
 事実、そうだった。
 
 光が都市を覆った瞬間、人々は喜びに満ちていた。
 
 少女は落ちなかった。灰の一欠けらも残さずに、肉体を失ったのだ。
 
 だが、肝心のその瞬間を、初年は幸か不幸か、見ていなかった。
 
 いや、見えなかった。人に踏まれ、或いはその陰になって。
 
 光の後に広がっていたのは、正に地獄。失われた建築技術によって、複製を作ることすらも不可能と言われた建造物が破壊され、或いは燃え落ち、生き残っていたのは一握りの者たちだった。
 
 むしろ、一瞬にして燃え尽き、歓喜かんきの中で死んだ者の方が幸福だったのかも知れない。
 
 生き残った者の多くは、生き埋めになり、大地を焦がす地獄の業火に焼かれ、間もなく家族の後を追ったのだから。
 
 三日三晩の裁きの火が収まり、隣の都市を目指す一行の中に、あの少年がいたのは幸運と言えるのだろうか?
 
 一週間の行程の後、幾つかの偶然の結果、隣町の人の手で救われた時、幸運だったのはただ一人生き残っていた少年の方なのだろうか?
 
 神々の意思の代行者でああるエンジェル。彼等との戦い『ハルマゲドン』の渦中に、少年はその命すら委ねる運命にあった。
 
 その少年が成長して青年になった彼こそが、アイオロスであった。