第1話 魔法科学研究所
青年は、半分崩れかけたその建物を見上げていた。痩身の、気の弱そうな青年だ。
『魔法科学研究所』
その建物に掲げられた看板には、そう記されていた。
そして――
『魔法』
二十四世紀の現在、ソレは当たり前のように存在していた。
ソレが開発された――否、発見されたのは、100年以上も昔の話だ。
魔法は、夢のような技術だった。
エネルギー・コントロール能力を始めとした力。
それだけでも核をも凌ぐ可能性を秘めている上、核反応の際に生じる放射能のような、環境を汚染する効果が、それを目的として使用しない限り生じない。
更に、人間が無限大にいるとした時、幾つか必要な条件はあるが、魔法は尽きる事の無い無限のエネルギーを操ることが出来るとも言われている。
しかも、魔法の持つ能力はエネルギー・コントロールだけではない。
簡単なもので、人に眠りを齎す。難しいもので、空を飛ぶ。
他、物質の性質を変えたり、鍵を開けたり掛けたり、多種多様の能力を秘めていた。
だから、その技術は科学をも圧倒する可能性を秘めた、素晴らしいものだった。
つまり、それを発見した事により、人類には、その先、最高の時代、理想郷が訪れる事を約束されたかに思われたのだ。
だが、飽くまでも『かに思われた』だけ。
ソレを使いこなす前に、人類は危うく滅びるところだった。
原因は、魔法の武器としての――否、兵器としての開発。
実際に兵器として戦争に使われた訳では無いのだが、開発段階で暴走してしまったのだ。
その規模は、そう――それ以前の地図が、現在全くと言って良いほど役に立たないことを付け加えれば、ある程度は分かって貰えるだろうか?
だが、青年の見上げる建物の損害は、それによるものではない。
全ての『魔法科学研究所』は、魔法の暴走による破壊の一切を、全くと言って良いほど受け付けなかった。
ただ、地形が変わってしまった為、海底や、新たに誕生した湖の底に沈んでしまったものは、少なくない。
「魔法科学研究所……。
人類の英知の塊と聞いていたけれども――それでも、エンジェルの力の前にはこの有り様か……」
青年は、アイオロスと呼ばれていた。
通り名である。
真名、つまり本名を知られると呪いをかけられ易いという迷信から、いつからか名前と云えば通り名の事を指し、使われるのが一般的になった。
現在では血の繋がる者以外に本名を知られている事は稀である。
「エンジェルに通用するようなものが、武器でも防具でも何でも良いから、残っていれば良いんだけど……」
アイオロスはぶつぶつと呟きながらも、その建物へと足を運んだ。
建物に足を踏み入れる直前になってから、彼は彼の一張羅であるボロボロになった灰色のロングコートの内側へと右手を忍ばせ、冷たい金属の感触を確かめた。
「残り、一発……だったよな。
師匠はエンジェルが相手なら、銃も剣も変わらないとは言ってたけど……」
コートに隠れて分かりづらいが、アイオロスは拳銃一丁と刀を2本、備えていた。
刀は、その格好では一見使いづらそうではあるが、アイオロスはその状態での居合抜きには自信があった。
何よりも、拳銃と違って弾切れが無い点が圧倒的に良い。
「……何も、起こらなければ良いな」
少々弱気になってそう呟くと、研究所へと足を踏み入れた。