第31話 作られた人間
「レズィン、姉さんが起きるぞ」
まず必要なのは武器と逃走経路という程度に考えが纏まった頃に、シヴァンが報せて来た。
見ると、ラフィアが寝返りを打ったところだった。
「――う……ん……」
小さく呻いて、薄っすらと目を開く。
寝ぼけ眼で身を起こし、眠そうに目を擦る。
「おはようございますぅ。
内部の協力者、やっと見つけましたぁ」
トロントした目でレズィンを見付け、挨拶をすると部屋の隅の方を指差した。
勿論、そんなところには誰も居ない。
ただ、不思議な事に床から生えた朝顔が一輪、ちょこんと咲いていた。
「あさがおさんです。
道も分かりましたし、ご飯食べたら一緒に行きましょうね。
……アレ?
ここ、どこですか?」
「きちっと目を覚ましたら、説明してやるよ。
食事は、もうそろそろの筈だ。
先に顔でも洗ってきたらどうだ?シャワーもあったぞ」
「シャワー浴びて来ますぅ」
ラフィアの「シャワー浴びて来る」は、「遊んで来る」と同義だと、レズィンは思っていた。
森の中では、水浴びするのが精一杯だったからだろう、姉妹揃ってシャワーはお気に入りだった。
もっとも、未だシャワーを設置してある家など、この国では稀なので、レズィンも中将の家で見たのが初めてだった。
レズィン自身が使い方を知らないだけあって、二人にそれを教えるのには、それなりに苦労をした。
気に入ってくれたのは何よりだが、「一緒に行こう」と誘われた時には、レズィンも参ってしまった。
姉妹揃って、異性に対する認識は甘い。育った環境のせいだろう。
しばらくしてからバスルームからレズィンを呼ぶ声が聞こえ、何事かと思えば、体を拭いてくれとの催促だった。
甘えるなと云って突き放すが、出て来てから髪の毛だけは拭いてやると約束させられてしまった。
また、しばらくして出て来たは良いものの、今度は手に下着をぶら下げていた。申し訳程度に、体にはバスタオルを巻いている。
「不合格。
下着も着けてこい」
「レズィンさんが付けて下さいね」
「自分でやれ!」
結局は文句を言いながらもラフィアは自分でやるが、バスルームにわざわざ戻るような真似はせずにその場で着替え始める。
レズィンはもう怒鳴るのも面倒になって、あさってを向いた。
「――出来た!
レズィンさん、髪の毛、お願いしますね」
「ちゃんと服も着たんだろうな?」
「ええ。ちゃんと着ています」
「了解」
目の前にラフィアを座らせると、その身体からは草木の放つような良い香りがした。
彼女からタオルを受け取ると、レズィンはエメラルドグリーンの綺麗な髪の毛を丁寧に拭いてやる。
香りのせいもあるだろうが、そのほのぼのとした雰囲気に、レズィンの心も和んでいくようだった。
「こうして見ていると、親子か夫婦のようだな」
シヴァンも屈託のない笑みを浮かべて茶々を入れる。
レズィンも、軍に入って以来、味わったことのない心地好さを感じていた。
「親子ってほど歳は離れちゃいないし、こんなオッサン相手に夫婦は無いだろ」
「けど、私の方が年上の筈ですわ」
「はははっ、それは無いぜ。俺はもう、31だ。
お前さんは、20そこそこが良いトコだろ?」
「いいえ。
確か――百と27ですわ」
彼女の返答に、レズィンは一時、硬直してしまった。それから、こう口にする。
「随分と洒落の利いた誤魔化し方だな。
ってことは、百を取り除いて27か?
シヴァンとは13も違うのか。結構、離れていたんだな」
「誤魔化していませんわ!
……そりゃあ、2つか3つは違うかも知れませんけど……」
怪訝に思って、レズィンはシヴァンの様子から判断する事にした。
見たところ、あからさまに嘘をついているのでは無いらしかった。
「私も、研究所に作られた、普通じゃない人間だから……。
半分は、植物なんだって言ってた。
だから、髪の毛もこんな色なんだって」
人魚の話を訊いた時に、レズィンは気付くべきだったと後悔する。
だからと云って何がどう変わるという訳でも無いが、せっかくの良い雰囲気が台無しになってしまった。
「シヴァンも、そうなのか?」