酔っ払い

第24話 酔っ払い

「――血が、繋がっていない?」

「そうだ。孤児院の中で優秀だった私を、育てる為の隠れ蓑だ!

 何故あの皇帝は、何もかもを隠す?
 
 20年もの間、それに悩まされてきた。
 
 私にはあの中将の気持ちが良く分かる。だが、彼のやり方では通用しないのだ!
 
 レズィン!お前は何を知っている!ココで素直に言いやがれ!」
 
「血が繋がっていなくとも、自分の妹を撃つ奴なんかに教えられるか!馬鹿野郎!」

 パァーン。
 
 テーブルの上の酒瓶が砕け散る。だがレズィンはひるまなかった。
 
 気迫だけを頼りに、最後まで抵抗するつもりだった。
 
 人質を撃ち殺す程、リットは愚かな真似をする人間では無い。
 
 今のこの状況に置かれても、レズィンはそう信じていた。
 
「皇帝が、焦っている。

 竜の鱗を手に入れた時も慎重であったあ奴が、焦る理由は何だ?
 
 世界を制するに十分な力と権力を持ち、これ以上の何を奴は求めている?
 
 竜の鱗を渡した時に引き出せた情報は、ほんの僅かだった。
 
 二度目のチャンスは、逃すつもりは無い!」
 
「――そうか。お前が手に入れたのか。

 どうやって手に入れた?」
 
 まるでその問いを待っていたかのように、リットが不気味に笑みを浮かべる。
 
「研究所の事を探ろうとしていた男から、奪った。

 その男の名前は調べがついている。聞きたいか?」
 
 リットは一度、言葉を区切り、にぃっと笑みを浮かべて云った。
 
「ライノス・ガナットだ」

「俺の親父じゃねぇか!」

 レズィンの父親は、10年以上前にこのルノックの街で消息を断っている。
 
 レズィンはその行方を捜したが、何一つ分からず、そのまま傭兵としてこの街に留まりつつ、捜索を続けていた。
 
 レズィンの知っている父の性分なら、てっきり、何処かで生きていて、いつの日か、ひょっこりレズィンの前に姿を見せてくれるであろうと思っていたのだが……。
 
「――親父を、どうしたんだ?」

「死んで貰ったよ。当然だろう。

 彼も、手に入れた場所だけは教えてくれなかった。
 
 何故だ!お前たち親子は、私の調べのつかない事を、そう易々と知る事が出来る!」
 
「――お前があの森に行って、自分で調べろよ」

 静かだが、怒りに満ちたレズィンの声だった。
 
 彼の手に銃があれば、リットも無事では済まなかっただろう。
 
「それだ!

 何故お前は、あの森に行ける?あの不気味な森に!
 
 お前の行った森ぐらい、調べるのは容易だった。
 
 だが、向かおうとすれば足がすくんでしまう……。
 
 行けるものなら、とうに向かっている!」
 
 シヴァンの言っていた危険信号だ。
 
 レズィンには何ともなかっただけに、リットのその反応が不思議でたまらない。
 
 そもそも、危険信号でそれだけの効果があるのだろうか?
 
「――数日前、研究所の直属の兵士たちの装備を見せられた。

 奴らの着ている装甲服には、今の銃では通用しない。
 
 彼らの銃の前には、鉄の鎧すら紙切れ同然……。
 
 何故、奴らはそんなオーバーテクノロジーを持っている!
 
 この銃もそうだ!こんな物、人間の作れる物ではない!
 
 何故、こんなものが存在する?納得のいく説明をしてみろ!」
 
 レズィンはもう、リットの質問には答えるつもりなど無かった。
 
 怒りも早々に鎮め、後はリットが隙を見せるのを待ち、動くべき時に動くのみ。
 
「何よりも不気味なのは、あの皇帝だ!

 奴の声を聞いて、疑問に思った事は無いか?あれは人為的に加工している!
 
 奴のあの、若々しい手を見たことがあるか?50年もの間、皇帝の座についていた男が、何故あれほどまでに若々しい?
 
 何故、仮面で顔を隠し続ける?
 
 あの研究所のオーバーテクノロジーは、どこまで発達している?
 
 知っているか?近々、皇帝が入れ替わるそうだ。
 
 私には、これ以上同じ人間が皇帝を続けていては、何かを怪しまれるからだとしか思えない。
 
 代わりはどうせ、研究所の者だろう。
 
 教えてくれ、レズィン。そもそも奴らは本当に人間なのか?」
 
 リットの予想は、少し外れていた。入れ替わるのではなく、入れ替わるフリをするだけなのだ。
 
 その為に、研究所は皇帝陛下の死体まで用意していることまでは、知らなかった。
 
「そうか、皇帝はそうやって誤魔化すつもりだったのか。

 ――って、おい、シヴァン!何やってるんだ!?」
 
 ふらり。
 
 頼りない足取りで、シヴァンが二人の間に躍り出た。千鳥足でレズィンの方へ振り返り、真っ赤な顔をして絡みつく。
 
「れぇ~ずぃ~ん。

 あたしぃ、あたまいたぁ~い。
 
 さっきの、もうないのぉ~?」
 
「ばっ、馬鹿!酔っ払ってるのか?」

 普段が普段だけに、静かにされていると様子がおかしくても気が付きづらい。
 
 力加減も出来ないのか、シヴァンに絡みつかれている場所が痛む。
 
「かくしてるんでしょぉ~。

 ……あ~、それ、れずぃんのだよぉ~。かえしてよぉ~」
 
 レズィンから離れたかと思うと、次は千鳥足とは思えない素早さでリットに絡む。
 
 銃口はフィネットからは離されたものの、今度はシヴァンの方へと向けられる。
 
「ふざけるな、この女ァ!」

 パァーン。
 
 銃声と共に、時が一瞬止まったかのようにレズィンには見えた。
 
 空気の塊で出来た銃弾は、シヴァンの胸へと吸い込まれていった。
 
「シヴァン!」

 レズィンが動く。
 
 フィネットがリットを突き飛ばし、レズィンの胸に飛び込む。
 
 レズィンの動きが遅れ、そして。
 
「いったぁ~い。

 なにするのよぉ~」
 
 ブンッ!
 
 リットの身体が宙を舞う。物凄い音と共に床に叩き付けられ、そのまま白目を剥く。
 
 シヴァンはリットの手から毟り取るようにして無限弾を手に取った。
 
 服はともかく、彼女の身体に傷は無かった。
 
「れぇ~ずぃ~ん。

 これ、あげるからさぁ~、さっきの、ちょ~だぁ~い」
 
「……この、ドラゴン娘め」

 泣きじゃくるフィネットに応急手当を施して、シヴァンを宥めながら、レズィンは彼女には二度と酒を飲ませないことを心に決めた。