ラフィアと世界

第10話 ラフィアと世界

「なぁ、シヴァン」

 街の広場にある噴水の見えるベンチに座って、レズィンは隣に座るシヴァンに問い掛けた。
 
「何だ?」

 二人共、既に食事は終えている。ラフィアだけは、まだゆっくりとパンにパクついている。
 
「お前の姉さん、城を出る前とは随分と違うと思うんだが」

「別に、それで当然だと思うが、それがどうかしたのか?」

「何かこう……妙に幼くないか?」

「世間知らずだからな。俺に輪をかけて」

「ついでだから云っておきたいんだが、その『俺』って云うの、止めないか?」

 レズィンに言われ、シヴァンはしばし悩んだ。
 
「……おかしいのか?」

「ああ。普通は男が使うもんだ」

「しかし、俺が見た限りでは、女性も使っていたぞ」

「見たって、どこで見たんだ?」

「世界樹の記憶の中だ」

「セカイジュの……記憶の……中ぁ?」

 二人の会話を聞いていて、ラフィアがパンを喉に詰まらせながら、うーうー唸ってシヴァンの身体を叩いている。
 
「云ってはいけなかったのか?」

 シヴァンの問いかけに苦しそうに何度も頷くラフィア。胸を何度も叩きながら、やがて詰まっていたものをやっとの思いで飲み下した。
 
「世界樹に云われていたでしょう?」

「いや、そんな覚えは無い」

 姉妹の会話は、レズィンには理解出来ない。セカイジュという音を持つものが何者であるのかということを考えていくうちに、ようやくそれの意味するものが断片的に理解できたような気がした。
 
「ああ、『世界樹』か」

「知っていらしたの?」

 セカイが世界、ジュが樹木を表している事に気が付いて口にすると、何を勘違いしたのか、ラフィアは大袈裟過ぎる程のリアクションをとって驚いた。
 
「酷い!

 如何にも知らないような素振りをして、こんな所まで連れ出して……私たちを一体どうなさるおつもり?
 
 ……いえ、云わなくてもよろしいですわ!だまされた私たちが――」
 
「姉さん!」

「何ですの?」

 これまでとは別人のように一気に捲し立てたラフィアを呼び止め、シヴァンは空を指差していた。
 
 先程までの晴天とは打って変わって曇り模様だ。
 
 はて、何の事やらと思いながら、レズィンは空を見上げる。
 
 雨が降り出すようであれば、二人を連れて雨宿りでもせねばなるまいと思いながら、幸か不幸か、宿まではそれなりに遠い事も思い出す。
 
「レズィンさん?」

 そう云えば、俺がわざわざ連れ出した訳じゃ無いよなと思いつつ、レズィンは呼び掛けて来たラフィアの方に向き直る。
 
 機嫌を直したのか、その顔には笑みが浮かんでいる。
 
「正直に仰って下さい。

 何を、何処までご存知ですの?」
 
 ゴゴゴゴ……。
 
 空からは、雷の前兆と思われる不気味な音が聞こえて来た。
 
 突然降り出すのではないかと、反射的に空を再びレズィンは見上げる。
 
「心配するな。雨は降って来ない」

 断言するシヴァン。
 
 そう云われたからと云って、雨の心配が無くなった訳ではないのだが、レズィンの心配の比重は雷の方に大きく傾いた。
 
 心配しながらも、思い付いた事を返事の代わりに口にする。
 
「古い、大昔の神話の中に出て来るんだよな、世界樹ってのが。

 神話の中では、確か朽ち果てたことになってるんだが……お前らの言い方だと、まるでソイツが実在するような口ぶりだったな」
 
 雨を危惧きぐしてか、広場を歩く人の姿は決して多くない。
 
 広場に面した店では、道端に並べていた商品を仕舞い始めている店もある。
 
「それで?

 それを見付けて、一体あなたは……あなた方は、どうなさるおつもりなのですか?」
 
「実在するなんて思っちゃいないさ。

 ――で?それがそんなに慌てる程大事な事なのか?」
 
 じぃっとレズィンを見つめるラフィア。
 
 レズィンの中で、世界樹が姉妹にとって……特にラフィアにとって重要なキーワードとなっているとの認識が芽生えたが、それ以上の考えには及ばなかった。
 
 それらしい木を森の中で見掛けた覚えも無ければ、実在したからと云って、どうこうしようとか云う考えにも至らない。
 
「……何か、私たちに隠してらっしゃいませんか?」

「いや。隠す必要のあることは、訊ねられてはいないからな。

 ……なぁ。そんなに神経質になって隠さなけりゃいけないものなのか、アンタの隠そうとしているものは?」
 
「ええ、勿論」

 自信たっぷりにラフィアは断言する。
 
 良く考えてみれば、無限弾の技術も、純度の高い金塊も、その最たる証拠になっている筈なのだが、二人共そのことにまでは頭が回らない。
 
「なら、いいさ」

 先に折れたのは、やはりレズィンであった。
 
 彼はその事に関して然程執着心を持っている訳ではないのだ。
 
 ただ単に、気になっただけ、という程度だ。
 
「但し、いざと云う時に、俺の助力を期待しても無駄だと思って貰おうか」

「ええ、勿論。

 ……ただ、街の案内だけはよろしくお願いしますわね」
 
 レズィンは小さく「オーケイ」と返答する。にわかに空が晴れ始め、何故かシヴァンが落ち着いて嘆息たんそくする。
 
「急に曇ったと思ったら、今度は急に晴れて来やがった。

 宿に戻ろうと思っていたんだが……まだ寄り道しても大丈夫そうだな。
 
 さて。次はどこへ案内すれば良いんだ?」
 
 ポンポン。
 
 肩を叩かれ、レズィンは振り向く。
 
 シヴァンがいつになく真剣な面持ちで話し掛けて来た。
 
「姉をあまり刺激するな」

「……どういう事だ?」

「姉は世界と同調しやすい」

 ラフィアに聞こえないようにか、シヴァンは声を潜める。
 
「……?」

「俺は責任を持てないからな」

 強くそう言い残し、シヴァンは先を歩き始めた。
 
「何なんだ?」

 益々ますます、姉妹への不信感を強め、レズィンは首を傾げた。