第8話 レズィンの見た夢
その夜、レズィンは夢を見た。
一体、何なのか分からない、奇妙な夢だった。
マイナーと呼ばれるグループの研究する、魔法じみた錬金術。
それによって生み出された、樹齢何百年という樹木の遺伝子を組み込まれた、半樹木人間の、エメラルドグリーンの髪を持つ美しい少女。
そして、魚の遺伝子を組み込まれた、下半身が魚の、半魚人間――人魚。
彼女らは、水ではない特殊なサラッとした液体の中で、裸体を晒して泳いでいた。
とても楽しそうに泳ぐ二人。
だが、そんな平和な毎日も、永くは続かなかった。
『メジャーの連中が攻めて来たぞー!』
叫び声に続く銃声。更にその直後には、悲鳴までもが聞こえて来た。
二人の少女は震えながら抱き合っていた。
フィッシュ・ハーフは提案した。半分樹木のあなたなら、世界樹の樹液に溶け込んで、逃げる事が出来ると。
ツリー・ハーフの少女は云った。フィッシュ・ハーフである彼女を残して、一人で逃げる事など出来ないと。
フィッシュ・ハーフは云った。二人共犠牲になるより、一人だけでも助かる方が良いと。
ツリー・ハーフの少女は、迷った末、『ごめんなさい』と云って、世界樹の樹液の中へと、文字通り消えて行った。
フィッシュ・ハーフは、プールの栓を抜く。
それとほぼ同時に、部屋の扉は開いた。
『ゼノ・ヴァリー!』
フィッシュ・ハーフは叫ぶ。彼女の見知った青年が、敵であるメジャー派――科学としての錬金術を追及するグループを率いて、銃を手に、攻め込んで来たのだ。
『ラフィアは……ラフィアは何処へ行ったんだ?
答えろ、エセル!エセル・フォースクリフ!
お前なら、ラフィアの行き先は分かっている筈だろう!』
『彼女は逃げたわ。世界樹の中へと、ね。
あなたには、どれだけ追っても無駄な事よ。
世界樹は、この惑星の全ての生命体を生み出し、進化を促し、自らの生きる環境を整え、敵と成り得る者を、その本体には近付けないようにしているもの。
世界樹から生み出されたもの全てに言える事よ。それは。
特にラフィアは、世界樹とのハーフですもの。
その樹液に溶け込んで、世界樹の端末のあるところなら、どこへでも移動出来ますからね。
さあ、早く私を撃ちなさい!私を生かしておくと、後が怖いわよ!』
『そんな事はしない。
君が死んでしまうと、活きが下がってしまう。
ランクルードが居ないから、確かな事は言えないが、彼の研究書に、こうある。
「新鮮な人魚の肉は、不老不死の薬となる」。
本来はラフィアと共に生きる為にと思っていたのだが、彼女が逃げてしまったのなら仕方が無い。
彼女を見付けるまで、私は生き続けよう。
どんなことがあろうとも、どんなに時間が掛かろうとも、私は彼女を見つけ出す。
何処にいるのか分からないなら、世界中を支配するまでだ。
メジャー・グループと、この研究署さえあれば、それすらも可能となるだろう。
だから、エセル。私の為に死んでくれ』
『じょ、冗談でしょう?
私を食べる、ですって?』
『君にとっては残念ながら、これは冗談ではない。
……』
夢はそこで途絶えた。ゼノ・ヴァリーがその後、何と云ったのかは分からない。
丁度そこで、プールに湛えられていた樹液が、涸れ果ててしまった。
その様はまるで、世界樹の樹液の中から、彼ら・彼女らの様子を見ている様でもあった。
映像は、夢にしては、やけにはっきりとしていた。
加えて云うのなら、出て来た名前は、エセル・フォースクリフという名前の他は、全てレズィンの知っているものであったことも気になる。
だがレズィンは、まだ薄暗い内に目覚めてしまって、頭を掻いてしばらくの後、そんな夢の事などまるで気にせずに、再び深い眠りの中へと落ちてしまい、朝にはすっかり、その夢の事は忘れてしまっていた。