特別室

第43話 特別室

「お邪魔するぞ、狼牙君」

「本当に邪魔だ」

「さ、上がって下さい、お祖父さん」

「ありがとう、美しいお嬢さん。

 ……ムッ!この匂い……!」
 
 ドラキュラは慌てて家へと上がり、家の特別ルームに一直線に向かった。
 
「ジイサン!そこにあるのは――」

 そこにあった小型冷蔵庫の扉が、開かれた。
 
「やはり!疑似血液か!」

 そこは、疑似血液を作る為の特別室。
 
 ……まぁ、疑似血液と言っても、牛乳に鉄卵と塩を少々入れ、ケチャップで半分に割ったものを、十分に鉄が溶け込むように寝かせただけの代物なのだが。
 
「出ろ、ジイサン!

 虎白、すまないが、一度切る」
 
「おう。ドラキュラが、何か仕出かしたんだな?

 奥さんとお嬢さんによろしく!」
 
 電話を切ってポケットにしまい込むと、狼牙はドラキュラの肩を掴んだ。
 
「おい、ジイサン!」

 すぅーっと、胸いっぱいに空気を吸い、匂いを味わうドラキュラ。
 
「フム……、この二本は、出来上がっておるな?

 狼牙君、一杯ご馳走してくれたまえ」
 
「勝手な事を言うな、ジイサン!

 しかも、匂いだけでそこまで分かるのかよ!普通じゃないぜ!」
 
 ここで、詩織が口を挟む。
 
「良かったら、輸血用の血液を少しばかり病院から特別に買い求めたものがありますから、そちらでもよろしいですよ?」

 狼牙とは対照的に、ドラキュラを丁寧にもてなす詩織。

「いえ、お嬢さん。私は疑似血液の方が好物なのじゃ。一杯、いただけますかな?」

「ねぇ、狼牙。こう仰ってるのですから、一杯ぐらいは構わないでしょう?」

「ああ。いーっぱいとか言い出さなければな!」

「では、ご用意致しますから、居間の方でお待ち願えますか、ドラキュラ伯爵?」

「おお、ありがたい。感謝致しますぞ!」

 パタパタと歩いて、準備をする詩織と、居間へと向かうドラキュラと狼牙。娘の李花は、まだ詩織に抱っこ紐で抱っこされている。
 
「はい、どうぞ」

「おお、素晴らしい!……フム、微妙に鉄の香りがする。――が、鉄釘の匂いでは無いな。

 いかん!いかんな!やはり、鉄釘でないといかんのだよ!」
 
「鉄釘は食用では無い!コレに使ったのは、飲食品に使って問題の無い物だ!それでも、俺は少々苦手だ。

 そもそも、何故、牛乳なんだ!?」
 
「牛乳は牛の血液に近い成分で成り立っている。だからコレも、理想的には人間の母乳なのだよ。

 もっとも、私は牛乳で作ったコレを好むのだがね!」
 
「……成る程。だから僕は、匂いからしてこれを好まぬのか」

 ここで、詩織が。
 
「あなた、ジンギスカンも駄目なんですものね。あの、癖のある味が私には好みなんだけれど」

 二人の会話を無視して、ドラキュラはゆっくりと味わいながら、疑似血液を満足気に飲んでいた。
 
「くぅーっ、旨い!

 やはり、十分に鉄を漬け込んだ方が旨いのぅ……。
 
 人から隠れ住む私には、材料の入手が困難で、久しぶりに味わいましたぞ!」
 
「それより、何か用事でもあったのか?ソレを飲む為だけにココに来た訳じゃないだろう?」

「もちろん。何の為に、こんな所まで来たと思っている。私は普段、ドイツの山奥にある、ちょっとした城のような場所に住んでいるのだぞ?

 用事が無ければ、こんな所へ来る筈が無かろう?」
 
「その割には、日本語が上手過ぎると思うが……」

「フッ。それを成し遂げられるからこそ、私は天才だと自負しておるのではないか。

 お嬢さん、娘さんの顔を見せてはいただけませんかな?」
 
「え、ええ。少々お待ち下さい」

 これには狼牙も、剣幕を変えた。
 
「待て!

 ドラキュラ!貴様、一体、僕の娘に何をするつもりだ!」
 
 しれっとした顔で、ドラキュラはこう言った。
 
「別に。顔を見るだけだよ。

 君が産まれた時も、私はこうして顔を見に来たのだぞ?
 
 勿論、君の記憶にはないのが当然だがな」
 
「……血を吸ったり、しないだろうな?」

「勿論。既にヴァンパイア・ウィルスに感染しているのに、血を吸う意味は無い」

「……それなんだが、ドラキュラ、あなたは吸血鬼を人に戻す方法を知らないか?

 僕としては、血への渇きに苦しむより、普通の人間として娘に生きて欲しい。
 
 何か、方法があるなら、教えて欲しい」
 
「ああ、それなんじゃがな。この国では作りやすい。但し、一回の試行で成功する保証は無いが。

 ヴァンパイア、及びワー種一族のウィルスを除去する方法。
 
 珍味中の珍味、甘味中の甘味。それを、『軽雁かるがん』という」
 
「……『軽雁』?」