第42話 娘

 ピピピピッ!
 
 自宅でパソコンを使っての執筆作業中、スマホが鳴った。ディスプレーを見れば、どうやら虎白からの電話らしかった。
 
『よう、狼牙サン。久しぶり。

 奥さんと赤ん坊の方はどうだい?』
 
「母子とも、順調だ」

『女の子、だったよな?名前は何だっけ?』

「李花、だ。詩織に似て、可愛い子だよ」

『そうか。それなら美人になる事間違いなしだな』

「……まるで、僕に似たら美人にならないみたいな言い方だったな」

『いやいや、そういう意味で言ったんじゃねぇ。

 アンタに似たら、神々しくなると思うゼ。美人を通り超えて』
 
「……まるで、詩織に似ない方がよかったみたいな言い方じゃないか」

『……アンタ、何て言ったら満足したんだ?どう言っても文句言いやがって』

「からかっただけだ。気にするな」

 電話の向こうで、笑う声。
 
『アンタ、良い度胸しているよ。暴力団の組長を、普通、からかうかよ』

「何度も言った筈だ。ヤクザは嫌いだ、とな。

 君とは、たまたま縁があっただけだ。嫌いな事に変わりは無い。
 
 ……ヤクザを辞めるなら、人柄だけは好いてやっても良い」
 
『おっ、変わったねぇ。一年前のお前さんからは考えられないセリフだぜ?

 ……そうだな。さっきはこう言った方が良かったかな?
 
 アンタと彼女の子供なら、間違いなく美人になるゼ、ってな』
 
「……そう言われると、からかいようが無くなって、面白くないな」

『やっぱり、それが正解か。

 ま、いいや。
 
 そんな事より、俺の先祖の日記、どうなった?出版したら読ませて貰える、って約束だったよな?』
 
「今、執筆中だ。

 それなんだが、実は題名が思い浮かばなくて困っていたんだが、君が名付けてくれないか?
 
 出来れば、『虎人間の――』何とかと名付けたかったのだが。
 
 一応、『虎人間の宴』と仮題を付けたのだが、内容的に、イマイチだ」
 
『……確かに、『虎人間の宴』はイマイチだよな。『虎人間の手記』でも良いとは思うが――

 そうだな。『虎人間』って言葉より、『ワータイガー』って言葉を使った方がいいんじゃねェのかな?
 
 例えば、『ザ・デイ・オブ・ワータイガー』とか、横文字でよ。英語でも良い』
 
「成る程、参考にする。

 ところで、用件は何だ?」
 
『ああ、それなんだがよォ。

 あの戦いの時、龍青の腕を置いたまま逃げちまったよな?』
 
「ああ。それがどうした?」

『DNA鑑定その他の検査の結果、未知のウィルスが発見された』

 このニュースには、狼牙も驚いた。
 
「……何だと?」

『ワードラゴン・ウィルスだ。

 研究が進むと、マズイんじゃねぇか?
 
 あんなのがポコポコと湧いて出てくるようになったら、俺は困るゼ。
 
 流石に、ワードラゴン相手にまで相手にして勝つ自信はねェ。
 
 アンタのご先祖様がイチイチ駆逐してくれるとも思えねぇし。
 
 はっきり言って、ワードラゴンに対抗出来るのは、アンタとアンタのご先祖様の他にはいねェゼ。
 
 ……まぁ、ワードラゴン同士が潰しあってくれれば助かるが』
 
『それについては心配ご無用』

 その声は、狼牙のものでも、もちろん虎白のものでも無かった。
 
『ワードラゴン・ウィルスは、感染能力が極端に低い。増殖能力も。

 だから、その血を吸った君にも、感染しなかっただろう?』
 
『だ、誰だ!?』

『……私か?私は――』

 その声から、狼牙は記憶を辿り、今の会話も考慮に入れ、一人の人物の名に思い当たった。――というか、それ以外に存在し得ない。
 
「ドラキュラ、だな?」

『「伯爵」を付けてくれれば、喜ばしかったのだがな』

 正解である。
 
『ドラキュラ伯爵かよ!

 どうやってこの電話の会話に割り込んだ!?』
 
『私は、あの「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の師匠でもある程の天才。

 現代の最先端技術を学べば、この位は特殊な無線機を改造すれば出来る。
 
 多少……いや、かなり扱うのが難しいのが難点だがね。
 
 まさか、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」を知らないとは言うまいな?』
 
 とんだビッグネームに、二人は驚く。
 
『俺でも、そのくらいは聞いた事がある。……何をした人物なのかは知らんがな。

 ……で?ワードラゴン・ウィルスの感染能力と増殖能力が低いって、どの位だ?』
 
『恐らく、遺伝以外では感染しない。

 増殖も、ヴァンパイア・ウィルスに感染した血液内ででも無くば、増殖より死滅する方が早い。

 単純に培養しようとしても、上手くいかない筈だ。
 
 よって、サンプルを手に入れた私以外には、ワードラゴンを復元する事は恐らく出来ない』
 
「クローンでもか?」

『クローンでもじゃ』

『……頼むから、復元しないでくれよ』

『分かっておる。

 ちょっとばかり知的好奇心が疼くが、私も馬鹿では無い。
 
 それがどんなに危険な事なのか、分かっているつもりだ。
 
 万が一、復元したとしても、その処分は私が請け負うことを約束しよう』
 
『それにしても強かったな、ジイ――ドラキュラ伯爵』

『ウム、その呼び方が心地良い』

「……それで?用件は何だ?」

 狼牙が催促すると、ドラキュラ伯爵はすぐに答えた。
 
『狼牙君。君の家に向かう途中なのじゃよ』

「僕の家に向かう途中だと……?はっきり言って、迷惑だ。帰ってくれ」

『そう言われても、もう君の家は目の前。

 君の嫁さんにも歓迎されておる。今さら、変更する気にはなれぬ。
 
 旨い赤ワインでも用意して待っていてくれたまえ』
 
「もう目の前だと!?それに、僕の嫁?

 貴様、一体どういうつもりなん――」
 
「ただいまー」

 狼牙の耳に、玄関の扉が開く音に続いて、詩織の声が聞こえてきた。
 
「狼牙ぁー、あなたのお祖父さん、連れて来たよー」

 慌てて玄関に駆け付ける狼牙。帰って来た詩織と、抱っこ紐で抱っこされた李花。
 
 それに加えて、片手に買い物袋、もう片手に携帯型の無線機を持った老人、ドラキュラ伯爵の姿があった。
 
 狼牙は、愕然と項垂うなだれた。