第33話 ワードラゴンの血
「き……切り札……」
芳一はふらつきながら、懐に手を入れ、何かを取り出した。どす黒い液体を入れた、透明な容器だ。
芳一はそれの蓋を外し、上を向いて容器の中身を喉に流し込んだ。
蓋を外した瞬間、濃い血の匂いがしたのを、虎白は嗅ぎ逃さなかった。
「……切り札?……そんなものがか?
って、おい、テメェ!」
芳一の顔に、明らかにそうと分かるスピードで、濃い毛が生え始めた。
体つきも段々たくましくなり、顔の形も変わっていた。そう、その顔はまるで――狼!
変貌を終えた後には、その顔が狂暴そうな目を持った、そう――狼男と化していた。
「フーッ、フーッ、フーッ……」
「まさか!満月でもねぇのに、ワーウルフになりやがった!」
「ククククッ」
声は笑っていたが、芳一の顔は、笑っているようには見えない。殺気を帯びた双眸を持つが故。
「今、俺が飲んだのは、組長の血液を凝縮したもの。ワードラゴンの血には、変身制御能力が備わっている。
これで、俺はアンタに勝てる!」
「……おまえ、馬鹿だろう」
「何ぃっ!?」
芳一は虎白の指摘に不満げな様子。それはそうだろう、馬鹿だと言われたのだから。
「わざわざ、親切に教えてくれるようなものじゃないんじゃねぇか?」
「フンッ!優越感に浸る喜び!これがどれほどのものなのか、アンタなら知っていたと思ったがなぁ」
「……優越感に浸る為だけに、そんな重要な秘密をバラしても良いのかよ?」
「どうせ、対策はあるまい。
まさか、今から組長の血を吸いにでも行くと言うのか?」
「その必要は、ねェ!」
「必要、不要の問題じゃなく、可能、不可能の問題じゃねぇのか、この馬鹿!」
先程、「馬鹿」と言われたことが余程頭に来たのだろう、芳一は「馬鹿」と言い返すことによって、その腹立たしさを吐き出した。
「なぁーに、組長――おっと、あんな奴に、その呼び名は相応しくないな――龍青の血を吸いに行く必要は、無い」
虎白はマスクを外す。
「濃度が少し薄いかも知れないが、それと同等の効果が得られそうなものが、目の前にある」
芳一が、一歩退いた。
虎白は、芳一が生まれつきのワーウルフではないだろうと推測していた。
ナチュラルなワーウルフなら持っているであろう、自分の能力への絶対的な自信が感じられない。恐らく龍青の手によって、ワーウルフ・ウィルスを感染させられたのだ。
だから、普段の習性が出て、ビビッて退いたのだ。
「まさか……」
「ようやく分かったか?
お前の血を大量に吸えば、俺も変身できるだろうよ、この馬鹿野郎めが!」
一歩、虎白が歩みを進める毎に、芳一は一歩下がる。虎白としては、冷や汗ものの演技であった。
とにかく、気迫で押す!押し負けたら、勝ち目は無い!
押しながらも、反射的に動く準備はしておく。足のバネを生かす体勢で。
低く構え、隙を窺う。時々、思い出したかのように目線だけでフェイクをかけて。
残念ながら、芳一の戦闘経験は目線で相手の動きを読むほどのレベルに達していなかったので、全て無駄に終わったが。
逆に言えば、そんなフェイクを使うまでも無い相手だとも言える。
そして、必殺の瞬間を狙い――跳ぶ!
「……!」
その移動の速さに、芳一の目はついていけなかった。気付いた時には、背後から、首筋に噛み付かれていた。
「ウオオアアアアアアアアア!」
轟く咆哮。
背後から噛み付かれると、対処の方法は少ない。
芳一が選んだことは、噛み付いて来る虎白の頭を掴み、爪を立てることぐらいだったが、それも虎白の石頭に対しては通用しなかった。
次に、力ずくで投げ飛ばした。これはうまくいった。虎白は吹っ飛ぶが、その顔には、中途半端に伸びた毛。
虎白も、自分の手の甲を見てそのことに気が付いた。
「何だよ、この中途半端な毛。あの量だと、完全体になれねェってことか。
……まぁいい。テメェが相手なら、これでも勝てる!」
「う……ああああ……」
こちらはほぼ、決着が着いていた。