第29話 狼牙の弱み
「……痛いな。
流れ弾でも当たったか?」
狼牙は芳一の弾丸が当たった場所に手をやり、撫でた。撫でた手を見ても、血の一滴すら付着してはいなかった。
「……何、アレ?……化け物?」
地面に伏せながらも、龍青の方を見ていた詩織は、変貌する龍青の姿に、急に現実感を失った。これは夢ではないか、と。
だが、頬をつねると痛い。夢ではないようだ。
「……狼牙。全部終わったら、事情を全部、説明してくれる?」
「……知らない方が身のためだと思うが」
「教えて。狼牙への態度は変えないから」
「……仕方あるまい。僕の知る限りと、予想を全て教えよう。
但し、本当に僕への態度を変えないのならばな」
「大丈夫。誓っても良いわ。
……でも、勝てるの?あんな化け物に」
「大丈夫。僕も……化け物だからね」
事情を説明すると言った以上、このセリフが出て来るが、言いながら、狼牙は苦笑するしかなかった。
「さて。変身するのを馬鹿みたいに待っているのは、昔のヒーロー物の悪役だけだ。――ん?今もそうなのかな?
随分と時間がかかっているようだから、攻撃させてもらおう」
狼牙の右手の中には、弾丸が二つ。そのうち小さい方を左の掌に乗せ、右手でデコピンする要領で弾いた。
弾丸は一直線に変身中の龍青に向かい、拳銃で撃たれた弾丸は弾かれたというのに、狼牙が弾いた弾丸は食い込んだ。
だが、龍青に特別な変化がない様子が見られることから、その弾丸は鱗を一枚か二枚砕いて、その瞬間に刺さっただけのものだと思われる。
「フム……。なかなか、丈夫そうだね。
……伝説によれば、龍の弱点は、喉にある逆鱗。果たして伝承通り、そんなものが存在するのかな?」
狼牙の目は、すこぶる良い。10メートル以上離れた龍青の、1センチから2センチ四方の鱗の一枚一枚を見分けることなど容易なことだった。
……だが、逆鱗らしきものは見当たらない。
「……ない、か……。仕方ない。
試しに、もう一発、弾いてみるか」
もう一度、今度は大きい方の弾丸で同じことをやってみた。
狙い違わず、弾丸は龍青に命中した。しかし、今度は弾丸はめり込まない。跳ね返って空中で弧を描き、狼牙の近くまで戻ってきたので、狼牙は2・3歩前に進み出て、それを受け止めた。
「……同じ力で弾けば、接触面積の狭い、小さい弾丸の方が強い圧力がかかって、ダメージを与えやすい、ということか。
成る程。物理だか理科だかで習った通りだ。
ならば、小さくするだけのこと」
左手に乗せた弾丸を、右手の人差し指と親指とで挟む。そして左手の上で、思いッきり力を込める。まるで、砕かんがばかりに。
「……無理か?今の月の加減では?」
そう思った直後、弾丸にヒビが入るピシッという音が聞こえ、狼牙は「フム……」と満足げな顔をした。
龍青の方は、変身にてこずっている。どうやら、スーツを着たまま、翼を広げることが出来ずにいるようだ。
その隙に、狼牙は弾丸を割る。小さな、五つか六つ程の欠片に砕けた。
そしてそれを左手に並べて乗せ、龍青に向けて狙う。あとは、弾くだけ。
「今度こそ、血を滲ませる程度のダメージは与えたいものだな」
そう呟いて、一つ目を弾いた。
「ギャアアアアアア!」
響き渡る、龍の咆哮。どうやら、ダメージを与えることに成功したらしい。
「フム……」
再び満足気な笑顔。そして、二つ目・三つ目と次々に弾いて行く。
四つ目を弾いた時だった。龍青はスーツを自らの手で破き、五つ目を弾くとすぐに、4メートル程の翼を広げた。
六つ目は、砂粒ほどであり、弾いても余程の致命的なポイントに当たらないとダメージを与えられそうになく、狼牙は払い落した。
「残念」
その際、龍青は拳銃を手放し、地面に落としてしまった。
「弾切れだ。拳銃を拾い上げて、撃ってくれれば助かるのだが……」
果たして龍青は、狼牙が願ったのを知ってか知らずか、拳銃を拾い上げて連射した。
「おや。願いが通じたか」
連射したと言っても、マシンガンでもないただの拳銃。撃った弾とその次に撃った弾との時間差は、狼牙がそれを受け止めるのに十分な間があった。
……もっとも、満月か新月の時ならば、狼牙はマシンガンでも受け止める自信があったが。
但し、その場合には、受け止めた弾のほとんどを地面に落としてしまわなければならない。
龍青は、五発撃ったところで、やめた。どうやら、全て狼牙に受け止められていることを悟ったらしい。そして、羽ばたいた。
「……まさか、あの体で飛べるのか?
確かに翼は大きいが、大の大人一人を浮かせるには足りないのではないか?」
だが、龍青は羽ばたいている。狼牙は念の為、翼に穴を開けることにした。
「翼の皮膜は、弱そうだからな」
一発目を左手に乗せ、弾いた直後だった。龍青の体が浮かび上がった。
「何!?本当に飛べるのか!」
それでも弾丸は、龍青の翼に命中し、穴を開けていた。だが、それではまだ、龍青の飛翔を止めるには足りないようだった。
左手に乗せて、右手で弾くという手法では、龍青のいる高さから考えて、無理。
そんなことをしている間に、弾丸が掌から落ちてしまう角度まで、龍青は浮かび上がっている。
仕方なしに、威力は落ちるが、右手の人差し指と親指だけで弾丸を一発ずつ構え、指弾という方法で弾丸を弾くことにした。
どうせ狙うのなら、墜落してダメージを受けるような高さに飛び上がってから。だが、高すぎると弾丸は届かない。
思っていると、龍青は狼牙の真上で止まった。狙うなら、今だ!
狼牙の指が器用に動き、五発の弾丸を、続けざまに放った。先程傷つけた、右の翼だけを狙って。
全弾、命中を確認。だが、龍青は落ちていると言うより、降りているという速さで狼牙に向かって行く!
狼牙は、詩織をかばう位置に立とうとする。拳銃を撃たれたら、弾丸を受け止めるつもりだった。
だが、龍青は詩織を狙える位置に降り立とうとしているようだった。
上の龍青を見て、踏まないように下の詩織を見て、ということを繰り返している内に、狼牙はついに詩織をまたいで立ち構えることになってしまった。
その状態で、龍青が降り立つのを待つ。
バサッ。
降り立った龍青は――
「やめろぉぉぉぉ!」
詩織に銃口を向けた。