第18話 詩織との電話
「どうしたの?」
安堵のため息が聞こえたのだろう。詩織にはそう問われた。
「いや……。大したことじゃないんだ。
ただ……君が無事だったことに安心したんだ。それだけのことさ」
「ふーん……。いつもはそんなことなかったのに。
……もしかして、どこかの電車が事故を起こしたの?……って、そんなわけないか。狼牙、テレビを見る習慣は無いもんね。
なら……どうしてなの?」
「……聞かない方がいいと思うが……」
「なら、いいや。聞かないことにする。
秘密主義者だもんね、狼牙って。あなたと付き合うことを決めた時から、あなたの秘密は探らないことにしたから。
でも、結婚したら、教えてね」
「……結婚はしないという条件で付き合うことにしたはずだが……。
結婚を急ぐなら、他の男を当たってくれ」
「イ~ヤ~だ!
せっかく憧れのあなたと付き合うことが出来たんですもの。あなたが結婚する気になるまで、十年でも二十年でも待つわ。
あなた以外の人と結婚するぐらいなら、一生独身を貫いた方がマシですもの。
……でも、子供は欲しいなぁ~。
ねぇ。子供だけでも作らない?」
「僕は、結婚もしていない女性と子供を作るような真似はしたくない」
「いいじゃない。遊び半分でもさ。一度くらい……抱いてよ」
躊躇いがちに言った最後の一言を発したその声が、たまらなく魅力的で、狼牙の心を揺さぶった。だが、広がった妄想をかき消して、言い返した。
「……駄目だ。やっぱり、それは出来ない」
「躊躇ったでしょ、今」
心を読まれている……!目を瞑って、天を仰いだ。
「躊躇う位なら良いじゃない。一度でいいんだから」
「来週の水曜日まで待ってくれ。答えは、それから返す」
「えーっ!そんなの、蛇の生殺しじゃないのよー。
それで、嫌だって言ったら、私、怒るよー」
「嫌なら、他の男を探せ。……不本意だが」
「私だって不本意だから、それが嫌だって言っているんじゃない。私は、狼牙の子供が欲しいの!
それとも、何?性欲は浮気して満たせ、ってこと?嫌よ、私」
「そうは言っていない。浮気をされるぐらいなら、別れた方がマシだ」
「じゃあ……」
「『じゃあ』じゃない。
この際だから、はっきり言っておこう。
僕はヴァンパイアなんだよ。今度の水曜日に牙を抜く。その為に水曜日まで待って欲しい。
牙が生えたまま君を抱くと、君の血を吸いたくなる。だから、今度の水曜日までは駄目なんだ」
「……」
詩織が沈黙した。何故なのかは、ある程度見当はつくが、正確には分からない。
そこで――
「――なんてね。フッ、クックックッ……」
「……冗談なの?」
「決まっているだろう。ヴァンパイアなんてものが、本当にこの世に存在していると思うのかい?」
「狼牙だったら、本当かも知れないって思っちゃったんだけど……。
じゃあ、本当は何が理由なの?」
半ば、その質問が来ることは予想していたが、まだ、答えは検索中。
やがて、良い言い訳が思い付いた。
「……歯が、疼くんだ。この不快感を持ったまま、君を抱けない」
「それはしょうがないわね。
じゃ、水曜日まで楽しみに待っているわ。
ところでさぁ――」
この後、二人の会話は延々と一時間以上に及んだ。