チンピラ

第7話 チンピラ

「なあ、兄ちゃん」

 今日もまた、絡んで来たと思われる男が、それらしい声を掛けて来た。
 
 だが、狼牙はそれを無視して歩き続けた。
 
「おい、アンタだよ、アンタ」

 狼牙は肩を掴まれるが、それを振り払って歩き続けた。
 
「テメェ、俺を舐めてンのか?」

 その男は、次に、狼牙の前へ回り込んで胸倉を掴んで詰め寄ってきた。
 
「……邪魔だ」

 狼牙はそれを、横に突き飛ばして再び歩き始めた。
 
「テメェ!喧嘩売ってんのか!」

 どっちがだ、どっちが。そう言いたくなるくらいしつこく、その男は狼牙の行く手を阻み、ジャケットのポケットに手を突っ込んで、何かを握り、狼牙の腹に押し付けた。固い物の感触を、狼牙は腹に感じていた。
 
「兄ちゃん、ちょっと人目につかない所に行こうか」

「……そうだな。人目につくのは都合が悪い」

「分かってンじゃねぇか。

 こっちに来い!」
 
 狼牙は導かれるまま、路地裏へと足を進めた。
 
「……この辺でいいだろう。

 なあ、兄ちゃん。ちょこっと、金、貸してくれないか?」
 
 言われるなり、狼牙はその男の頭を掴み、ある程度手加減をして握った。
 
「イテテテ!

 放せ!放さなけりゃ、ぶっ放すぞ!」
 
「……手加減し過ぎたか?」

 狼牙は男の頭を掴む手に更なる力を加えた。
 
「痛ェ!やめろ!やめやがれ!本気でぶっ放すぞ!」

「拳銃を撃つ、と言っているのか?

 やってみろ。多分、死ぬことは無い。
 
 ……多少、痛みを伴いそうなのが難点だがな」
 
 更に力を加える。林檎なら、砕け散っているほどの力だが、まだ狼牙にとって全力では無かった。
 
「サイレンサー付けてんだぞ!撃っても銃声を聞いて人が来るなんてこともねェんだぞ?

 それとも、一人寂しく死にてェか?
 
 痛テテテテテテテ!」

「それは、こちらのセリフだ。

 ……人の頭蓋骨をこれで破壊した事は無いが、これならどうかな?」
 
 狼牙は男の喉に左手を伸ばし、軽く握り締めた。
 
「……!

 テメェ、俺を殺す気か!」
 
「君が、引き下がってくれない限りな。

 喉が締まる前に言ってくれないと、困るのだが……」

「なら、本気で撃ってやる!」

 パシュッ。
 
 小さな音がして、弾丸が狼牙のスーツを突き破った。
 
 ……だが、それだけだ。
 
 弾丸は、僅かに狼牙の体に――正確に言えばへそに食い込んだが、貫くことも、大した傷を付けることすらも無かった。
 
 筋肉に跳ね返された訳では無い。皮膚を突き破ることが出来なかったのだ。
 
「やはり、かなり痛かったな」

 左手は男の喉を軽く締めたまま、右手で弾丸を取り出した狼牙。
 
 スーツを捲ると、ワイシャツの奥に、軽い火傷のような跡が残されていた。
 
「跡が残ってしまったではないか。そのうち消えるだろうが、並の人間なら死んでいるぞ?」

 男は、驚愕で震えていた。