星城君

第4話 星城君

 僕は、自分が嫌いです。
 
 多分、世界中の誰よりも。
 
 願いを一つ、叶えて欲しい。
 
 
 楽に、死なせて欲しい。
 
 今すぐにでも。
 
 誰か、僕の願いを叶えて下さい。
 
 誰も、損はしない筈だから。
 
 生きているのが、何より苦しい。
 
 けど、自殺するほどの度胸も無い。
 
 単なる、臆病者だから。
 
 誰か、僕の願いを叶えて下さい。
 
 何もかもを、壊してしまいそう。
 
 誰も彼をも恨んでしまいそう。
 
 だから、僕は死にたい。
 
 僕の心は、壊れてしまっているのだから。
 
 誰かに知って欲しい。
 
 こんな心を持つ人がいることを。
 
 どこで狂ってしまったのか。
 
 最初から狂っていたのか。
 
 僕には、もう、分からない。
 
 赤は嫌いだ。
 
 血の色だから。
 
 人の血を見て、意識を失ってしまうから。
 
 赤と緑は見分けづらい。
 
 だから、緑も嫌いだ。
 
 僕には、心が三人住んでいる。
 
 正気と。
 
 時々現れる狂気と。
 
 誰にも見せない狂気とが。
 
 みんながみんなを嫌っている。
 
 自分自身をも嫌っている。
 
「星条くん」

「うわあっ!」

 僕は慌てて、右手を隠した。
 
 僕は、赤いナイフを持っている。
 
 人には見えない、血に染まった奴を。
 
 

「うわあっ!」

 ガバッ!

 狼牙はベッドの上で起き上がった。
 
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 何度か、見たことのある夢だった。
 
 ……いや、夢と言うよりも、思い出だろうか。小学生の頃の、自分の思い出だ。星条という名前は、母親が再婚する前の狼牙の苗字だ。
 
 子供の頃は、精神的に非常に病的だった。それもこれも、ヴァンパイア・ウィルスのせいだ。
 
 何人、殺しただろうか?
 
 狼牙には、不思議な能力があった。
 
 狼牙は、ヴァンパイアだった実の父親も、自分で殺した。目には見えないナイフで。
 
 その血は、格別な味だった。乙女の血の次に良い味だった。
 
 ヴァンパイア・ウィルスの症状が現れたのは、小学生になってすぐだ。喉が異常に渇き、血生臭いものを求めるようになっていった。
 
 病院で精神的な病と診断されて入院し、その間、治療の為にと特別に出されたトマトジュースが、劇的な効果をもたらした。それまでトマトジュースは、父親が血を断つ為に、それに近いイメージを持つものは遠ざけるようにしていた為に、見たことも無かった。
 
 だが。トマトジュースが劇的な効果をもたらしても、血の味を覚えた狼牙は、食生活を大幅に変えることを余儀なくされた。
 
 病院食が喉を通らず、自然と栄養失調気味になり始めた。そこで始めたのが、ケチャップ食。何にでも、ケチャップを付けたりまぶしたりして食べるようになったのだ。それでも、食べられないものは多かった。
 
 そこで、退院後、始めたのが血の購入。貰えることになった障がい年金のほとんどを、血を購入することに使うようになった。
 
 それでも満足出来るほど血を飲むには障がい年金だけでは足りず、狼牙は遂に、自分の母親の血を吸った。母親はヴァンパイア・ウィルスに感染したが、血を吸ったり飲んだりすることをかたくなにこばみ、普通の食事を吐き気に耐えながらも何とか胃に収めて、狼牙に血を与え続けた結果、狼牙が高校生の頃、栄養不足でこの世を去った。
 
 母親がいなくなると、その再婚相手だった義理の父親は狼牙を恐れて蒸発し、そして、ちょうどその頃だった。狼牙が翻訳・脚色した『吸血鬼の手記』が、文学賞を取ったのは。
 
 それからは、十分にとは言わないまでも、最低限の血を購入し、飲み続けられるようになった。
 
 そうそう、詩織より前の恋人に、乙女が一人居た。狼牙は、その美味そうな匂いに耐えられず、その子の血を吸った。その子がその後、どうしたのかを、狼牙は知らない。
 
 赤を好きになったのは、いつ頃からか、分からない。ただ、血を求めるようになった時期から、そう離れていないことは確かだ。