デート

第2話 デート

「全く。課長さえいなければ、あの職場、文句のない仕事を出来るのに。

 いっそのこと、セクハラでもパワハラでもして来て、訴えられる条件さえ整えば、会社を辞めなくちゃならないぐらいに追い込んでやるのに」
 
 そう愚痴って、詩織は中トロの握りをパクリ。狼牙もマグロを一切れ、口に運んだ。彼は、トロよりも赤身の方が好みであった。
 
 寿司屋での二人の会話は、もっぱら詩織による、仕事で溜まったストレスを発散するための、愚痴により始まりがちであった。
 
「それは、随分乱暴な考えだね。

 僕は、部長にでも相談することをお勧めするよ」
 
「それはもう、やってみたの。でも、全然効果無し。

 あーあ。あの課長、転勤にでもなってくれないかなー」
 
「そうなれば、平穏に事が解決して、君としても喜ばしいのかな?」

「うん。そうねー。それが一番かなぁー。

 あ、サンマの握り下さいー」
 
「あいよー!」

 狼牙の箸も、丁度サンマを掴んだところだった。
 
「なら、僕がヴァンパイアの一族に伝わる、『まじない』をしておいてあげよう。

 どちらかと言うと、転勤させるよりも『呪い殺す』方が簡単なんだがね」
 
「えっ?そんなものがあるの?

 あるんだったら、して、して!是非!」
 
 フッと、狼牙は軽く笑った。
 
「冗談だよ。次の作品のネタにしようと思って思い付いていたから、つい口に出ただけだよ」

 本当は、先程、その方法について、詳しく説明されているのを読んだばかりである。
 
「なぁーんだ、残念。ちょっと、本気で期待しちゃったのに」

「そんなに嫌なのかい?」

「うん。こうして狼牙が愚痴を聞いてくれなかったら、ノイローゼになっていたかも知れない」

「それは酷いねぇ。

 いっそのこと、転職したらどうだい?」
 
「……出来れば、永久就職したいなぁー」

 と言って、詩織はちらっと狼牙の様子を窺う。
 
「新しい会社にかい?それとも、今の会社にかい?」

 残念。『結婚』を、彼はあまり意識していないらしい。そんな様子が、簡単に見て取れた。
 
「……狼牙の方は、仕事はどうなの?」

「非常に快適だよ。『吸血鬼の手記』シリーズが、あんなにヒットするとは思わなかった。

 今度、OVAにもなるんだ。出来上がったら、また君の部屋で一緒に見よう」
 
「アニメかぁー……。

 実写版の方が面白そうなのに」
 
「実は僕も、そう思っていたんだけどね。でもまぁ、アニメというのも悪くないだろう」

「まぁね。じゃ、出来上がりを楽しみに待っているわ。

 ……この後、どうする?」
 
「特に、考えていなかった。

 どうしたい?」
 
「……狼牙の家に行ってみたいなぁー、なんて」

 言って詩織は、クスッと笑った。
 
「悪いが……」

「分かってるって。付き合う時に、条件として言われたもんね。狼牙の家に行くことさえしなければ、付き合ってもいいって。

 今のは言ってみただけ。冗談よ、冗談」
 
 と言いながら、本気だと考えるのが、常識的な判断。狼牙も、そう判断していたが、彼女は家まで押し寄せることもないだろうとも、今までの彼女との付き合いの経験の中から考え、判断していた。
 
「……家、来ない?今までに買ってくれたDVDの中から、面白かったのを見ようよ」

「明日は、朝は早いわけではないのか?」

「いつも通り。大丈夫よ、多少の夜更かしぐらいは。いつもの習慣なんだから。寝る前にDVDを見るのは。

 一度観たのは嫌だって言うなら、私も新しいのを二本だったか三本だったら、買ってあるから。
 
 そうだ!それ見ようよ!白ワインなら、安物だけど、一本、買い置きがあるから、それでも飲みながら」
 
「僕は赤ワインじゃないと駄目だから」

「駄目なのぉ?」

 甘えるように、詩織は言った。
 
「いや。どこか、コンビニででも安いもので良いから、一本、赤ワインを買って行こう。それでいいなら、付き合うよ」

「本当?

 じゃ、狼牙がそれ食べ終わったら、買い物ね。おつまみも、適当に買って」
 
 弾けるように明るるく、詩織は言った。
 
「……あ。おつまみは、何が良い?」

 この質問には、狼牙も悩んだ。
 
「トマトがあれば、一番良いんだが」

「ミニトマトなら、家の冷蔵庫に入ってたかな?

 トマト味なら何でも良いって言うなら、スルメにケチャップを付けて食べるっていうのはどう?」
 
「……試したことが無いが、チャレンジしてみよう」

「はい、決まりー。

 じゃあ、そのお刺身、どんどん食べてよ。……って、お金払うのは狼牙だから、私が言うのも変だけど。私は、待ってるから」
 
「そう言わずに、僕が食べ終わるまで、詩織も注文して食べてくれないか。

 一人で食べるのは慣れているけど、君がいるのに一人で食べているのは、少し寂しい。

 何なら、この刺身を一緒に食べてくれても良い」
 
 そう言って、狼牙は刺身の盛り合わせを二人の間へと動かした。
 
「あ、じゃあそうする。

 いただきまーす」
 
 二人で食べると、その刺身の盛り合わせもあっという間だった。
 
 かくして二人は、コンビニで赤ワインとスルメとケチャップを仕入れ、詩織の家へ向かった。