第27話 吸血
三日待ち、ようやくウィリアムがお見舞いに来た。
「来るのが遅い!」
「元気そうじゃないか」
「まぁね。あと3~4日で退院出来るし」
2日前、緋三虎がお見舞いに来た時、ウィリアムが最初、どういう様子だったのかを教えてくれた。
――泣いていた。
それだけ聞けば十分だった。
「練習は?順調?」
「うん。全国を制さなければならない理由が出来たからね」
格好をつけたそのセリフを、パフェは「ハンッ!」と笑い飛ばした。
「出来るつもり?」
「出来なくても、しなくちゃいけない」
「……そう。
じゃ、おまじないしてあげるから、ちょっと近くに来てよ」
「……?」
パフェもベッドから下りて立ち上がり、指でちょいちょいと呼び寄せた。
「ちょっと、目を瞑っててもらえない?」
「……キスでもする気――ではないか」
「して欲しいの?」
困るウィリアムの顔を見て、「するわけないじゃん」と笑顔で言う。
そしたら、ふてくされた顔をされる。
それを見て、文句でも言うように、「いいから早く!」と目を瞑らせる。
右手で肩を掴むと、意外にウィリアムの肩も肉付きが良いことに気付く。
伊達に、アーチェリーなどという競技をやっていない訳だ。
「痛くても、我慢してね」
「何する気だよ!?」
「目を開けない!」
目がしっかりと瞑られていることを確かめてから、首筋にキスする。
ウィリアムが抵抗するので、両手でしっかり抱え込む。
生半可な力ではない。
ウィリアムが振り解ける訳も無く、そして、パフェの犬歯が血を吸う為に伸びる。
パフェにとって、初めての吸血。
牙を首筋の肉に食い込ませ、溢れ出る血液を舐めるように吸う。
本物の血を飲んだことはあったが、それとは、味が、鮮度が違った。
しょっぱいのだが、何故か甘露の味に思えた。
「ぱ、パフェ……」
呼び声も無視して、彼女はその初体験を思う存分楽しんだ。
突き立てていた牙を抜いてウィリアムを解放し、「これでアンタも仲間よ」と告げた。
傷口は、速やかに閉じられる。僅かに痕跡を残すのみだ。
「……どういうことなんだ?」
「アタシ、吸血鬼なの。ほら、見てこの牙」
口を少し開いて牙を見せてから、それを指で摘んで引き抜いた。
「このまま知らない人に見せたら大変だからね」
上下左右で四本の牙を、パフェは引き抜いた。
女性は男より痛みに7倍強い。
ウィリアムだったら、その痛みに耐え切れなかっただろう。
「無くなって、困らないのか?」
血を吸われたとか、パフェが吸血鬼であるとか。
そんな事より、ウィリアムが心配したのは、その牙を抜いてしまった彼女が困らないかと言うことだった。
「また生えて来るらしいから」
また生えてくるという、狼牙とドラキュラの話が嘘だったら。
その時はオヤジとジジイをどうイジメてやるかという想像がパフェの頭の中に沸き上がった。
「アタシが風を読める理由。多分、その能力が感染すれば、アンタにも見える筈よ」
「……久井さんの血も吸ったのか?」
「ううん。あの子は……言ってもいいのかな?ワータイガーだから」
傷口を押さえ、呆然とするウィリアム。
その視線が向けられ、パフェは微笑んだ。
「優勝、して来てよね」
「……うん」
そう返事すると、ウィリアムは逃げるように部屋を出て行った。
パフェはごろんとベッドに寝転び。
予定通りに行ったことながら、「これで良かったのかな?」と、少し考え込んだ。
でも、すぐに「なるようになれ」と悩む事を放棄した。
満足感とか満腹感で、パフェは眠気を催し、再び扉が開く音で目を覚ました。
時計を見れば、三時間ほどが経っており、母親の詩織が見舞いに来る時間になっていた。
「元気そうね、李花」
「ママ……」
どうしてだか、パフェは泣きたい気分になって、詩織に抱きついた。
その胸に顔を埋め。服が涙で濡れるほど泣いて。
それから、ウィリアムの血を吸ってしまった事を告白した。
「……そう」
詩織は、いつも通りに微笑んでいた。
「良かったわね」
「良かった……?」
「初めて血を吸ったのが、自分の一番好きな人。
吸血鬼にとって、これ以上の幸せが、他にあるかしら?」
「好きじゃないよ、あんな奴!」
パフェは母親の言葉を否定するが、それに対して詩織は肯定も否定もしなかった。
それがパフェには、一番効いた。再び、涙が滴ってくる。
「認めなさい。認めないと、先に進めないのよ」
「……」
答えぬ様子を見て、詩織はパフェの頭を抱き締めた。
「泣く程悩むなら、血を吸う前に、相談してくれれば良かったのに」
「ごめん……ごめん、輝……」
それからしばらく、パフェはウィリアムへの詫びの言葉ばかりを繰り返した。
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「遂に、この日がやって来たわね」
パフェの手には、一つのトロフィー。それが、ウィリアムへ手渡された。
「男子の意地として、女子より低い点で、優勝することは許されない」
「アタシは、パフェよ?……パーフェクトなのよ?
どうやって勝つの!?」
「決まっているじゃないか」
ウィリアムは、全国の猛者たちの並ぶ方へと向かってトロフィーを突き上げ、叫んだ。
「インナーテンの数で勝つ!」
「……それでもアタシの方が勝つわよ」
小声でパフェはそう呟きながら、今では心の中で、そんなウィリアムを恰好良いと思える気持ちが芽生えているのだった。