第25話 容体
「アタシの番、か……」
一円玉を、口の中に含み、ゆっくりと噛んだ。……不意に、前後不覚に陥った。
気が付いたら、そこは病院。ベッドに寝かされ、左腕には点滴が。
「……何?」
ワケが分からず、周囲を見回すと、父親である狼牙が立っていた。
「気が付いたか」
「ちょっと!大会は?……ウィリアム!ココに来て、事情を説明しなさいよ!」
「重度の貧血だ。大会は、終わった」
大会が、終わった。パフェは、この世の終わりを宣告された気分になった。
「飲め」
狼牙が差し出す、赤い液体で満たされている容器。中身は、恐らく血液だ。
「要らないわ!」
「飲まねば、また倒れるぞ?」
「それでもよ!」
苛立ちが募り、一円玉を求めて財布を探すが、ある筈も無い。
パフェは手を突き出して言った。
「一円玉!」
「恐らく、それが原因だ」
その体質は、狼牙も知っている。
それが原因なら、何故、それをやめさせなかったのだろうか。
いや、そんなことよりも、パフェにとっては大会が終わってしまった事の方が問題だ。
「ウィリアムと……輝と一緒に、全国大会へ行くのよ……!」
「まだ、来年もある」
「アイツが!来年も全国大会に行ける可能性なんて……どれだけあるって言うのよ!」
涙がこみ上げて来るのを、パフェは感じていた。
でも、それを見せたくは無く、必死で堪えた。
「……母さんは?母さんはどうしたの?」
話題を逸らしたのは、涙を堪える為の手段でしか無かった。
「少し前まで居たが、先に帰らせた。夕食を作ってもらわねばならん」
「アタシよりも、夕食の方が大事だって言うの?」
「……三日だ。食事抜きで、看病だけに専念し続ける訳にもいかんだろう」
「三日……。
三日も、アタシは気を失っていたの?」
「ああ。ただの貧血では無いだろうと言われた」
「……検査、されたの?」
検査をされたら、タダでは済まない。
彼女たちの体質は、そういう不便さもある。
「詳細な検査は断った。
飲め。飲めば改善するだろう」
再び突き付けられる、赤い液体。それを奪うように受け取って、一気に飲み干した。
その容器を突き返して、吐き捨てるようにこう言う。
「これでいいのね。さあ、退院させてよ」
「いや。今晩は、入院していろ。それ以降の事は、明日、母さんにも来て貰い、一緒に相談しよう」
「嫌よ!」
ただのワガママでしかない。けれど、そう言わなければ、耐え切れない気分だった。
「……そうか。
白井君からの手紙を預かっている。読んでから、もう一度、話を聞こう」
懐から取り出された、茶封筒。
色気も何も感じられない。けれど、パフェはそこにウィリアムの性格と、現実味を感じた。
「……読んでも、気持ちは変わらないわ。力尽くでも、退院するわ」
「そうだな。中身を改めた訳でも無い。
気が変わると、思う根拠がある訳でも無い。
ただ――
誰よりも、彼が一番、お前のことを心配していたと思ったのだがな」
聞きながらも封を開け、中身を取り出す。
『この手紙を、パフェに読んで貰えることを願う』