第24話 ウィリアム出陣
全道大会、男子の部。
ウィリアムは、心地好い緊張感の中で、的を眺めていた。
パフェを始めとする女子部員は、遠くから見守って応援している。彼女らの出番は、明日だ。
空は、生憎の曇り。だが、雨になりそうということも無く、不吉な暗雲が立ち込めているという程でも無い。
気温はあまり上がらず、暑さで参ってしまうというような天候でも無い。
強いて言えば、少し湿度が高いのが難点だ。
肝心の風は、ほぼ無風という好条件。釣りをする者なら、『ベタ凪』と表現しただろう。
それが故に、ウィリアムにはちょっとした自信が芽生えていた。
猛練習も、その自信の根拠として、彼にプラスの方向へ働いていた。
左腕を押さえる。痛みは、もうほとんど無い。クローズド・スタンスをやめた結果によるものだ。
オープン・スタンスにした今、ストリングが腕に当たる事は、少なくなった。
新しく買い換えたアームガードによって、痛むような当たり方は、ほぼ皆無となった。
間も無く、試合は始まった。
初めて、大会で満点を目指すウィリアム。
最初の一射目の、パフェの気持ちがようやく分かった。
残念ながら、一射目、十点は逃すが、ずっと九点の金より逃す事は無く、序盤から、絶好調と言えた。
最初の途中経過が発表され、ウィリアムは1位。
それが更新される度に、2位との差は少しずつ開き、50メートルの競技を終えた時点で、随分な差を以って、優勝候補の筆頭となった。
30メートルの競技に移る前に、昼食タイム。
パフェが、とても上機嫌だったのがウィリアムには謎だった。
「30メートル。勿論、満点取れるでしょうね?」
「自信はあるよ。優勝を、逃す気は無いからね」
「フフフ。そしたら、アンタの初めての優勝トロフィーだ」
「うん。……怖い位に順調だ」
言うウィリアムの腕は、震えていた。
弁当を半分ほど残し、30メートルの競技に挑む。10点を逃す事すら、ほとんど無く、初優勝が決まった。
それを誰よりも喜んだのは、パフェだった。
ウィリアムがこれまでどれだけ頑張っていたのかを、本人の次に知っているからだ。
……アレ以来、という意味では無い。ウィリアムが、アーチェリーという競技を始めてから、今までだ。
一日に、1000射ということも珍しくは無かったのだ。
やってみなければ分からない事だが、それは中々出来ない数だ。
本人はあまり喜んでいないのに、ようやく、努力に見合った結果が出たと、パフェは異常なまでに喜んだ。
「よーし。アタシも、満点取ってやらないとね。
じゃないと、アイツと競うに相応しい相手だなんて、自信を持っては言えないわ」
そう言い、その通りに出来る能力があるのだから、ウィリアムは手放しに喜べなかった。
だが、翌日の朝。何故かその嬉しさに気付かされた。
とても心地好い夢を見た。
パフェと一緒に、優勝祝いをしている夢だった。
起きてすぐは、「何だ、夢か」と一瞬、思ったが、机の上の表彰状を見て、自身の優勝は夢では無い事を確認したら。
……笑いが堪えられなくなった。
「パフェ」
女子の部が始まる朝、会ってすぐに、ウィリアムは言った。
「満点で、優勝してくれ。一緒に、優勝祝いをしよう」
パフェが、ウィリアムからはっきりとそう言われるのは、初めての事だった。
驚きはしたものの、ウィリアムが自身の初優勝を喜んでいること。
そして、それを共に分かち合う相手が欲しいのだと気付くまで、さほどの時間は要しなかった。
「まーかせて~♪」
そんな事を言われた位で気負ってしまう程、パフェは満点を取ることに対して不慣れではなかった。
緊張のコントロール。それを行いながら、射場の風を観察する。
快晴だが、昨日よりは風がある。でも、それだけでパフェは、自分が不利だとは思わなかった。
「……ありがとう」
昨日の天気に、お礼を言った。
ウィリアムを、優勝させてくれた。その事に対して、天気の神様へと。
「アタシの番、か……」