第22話 上等の赤ワイン
「そうそう、虎白オジサン。お金は持ち帰ってね。
このジジイに渡す必要は無いわ」
「いや、置いて行こう。
俺たちが持っていると、少々問題のある金なんだ。
時効を待ってから使う予定だったが、別に無くなってもさほど困らん。
――ヤクザが、誘拐された娘の身代金に、真っ当な金を持ってくると思うか?」
「ちょい、待てぃ」
左の人差し指を眉間に当てて、考えながら割り込むドラキュラ。
「何だよ。偽札、って意味じゃねぇぞ?」
「そこじゃない。
李花。儂の事、さっき何と呼んだ?」
表情を消す、パフェ。
「ジジイ」
ドラキュラになるべく大きな精神的ダメージを与える為の演出だろう。
狙い通りに、ドラキュラは泣きそうな顔。
「ジ、ジジイ……。
儂が……、この儂が、ジジイ……」
「今度また何かやらかしたら、クソジジイって呼ぶよ」
「……この世に生を受けて千数百と余年。
これほど屈辱的で、かつ逆らい難い状況に追い込まれたのは、初めてじゃ……」
「自業自得。
緋三虎も、アタシにだけは話しておいてくれてもいいじゃない」
「ゴメンね。今度から、メールの一本ぐらいは送ってからにするから」
「しないでくれぇぇぇぇ!」
泣き喚く虎白。緋三虎からの評価が、更に半減した。
「いや、……虎白オジサン。そのリアクションは大袈裟だから」
「だってよぉぉぉぉ」
パフェからの評価も半減。
「言い訳、しない!」
「くぅぅぅぅ!確かに、言い訳は漢らしくない!
不満は酒で誤魔化そう!」
「大虎にでも、なってれば?」
「人前では、出来るだけならん!」
「『大虎』の意味も分かってないし」
頭の悪い虎白でも、今、緋三虎に馬鹿にされた事は分かった。だけど、馬鹿にされた原因や理由は、分からない。
「酔っ払いのこと!
それすら分からないから、緋三虎に軽視されるのよ。
男としては、頭が良過ぎるよりはいいでしょう。
けど、頭が悪過ぎるのは、父親としては、その価値に疑問を覚えるわ。
ジジイ。仕方ないから、そこのお金は受け取りなさい。
但し!
次やったら、銀の矢で射抜いてやるからね!
帰ろう、緋三虎。ココにいたら、バカが移るわ」
「私の取り分~!」
少々パフェは考えて、アタッシュケースの中から、一万円札を一枚だけ取り出した。
「カラオケ代、貰っとくわ。
緋三虎、付き合ってくれるでしょう?」
「輝さん、誘わないの?」
「……誘いたいの?」
「だって。人が変わるんですもの。見ていて楽しいでしょう?」
世の中には、マイクを持つと豹変する人種が存在する。ウィリアムは、当社比30倍の声量で激情を込めて歌う。
ちょっとした見物だった。
「アイツが、学校サボってまで、来るかしらね?」
「えっ!?今すぐ行くの?」
「そーゆー気分なの。半分はアンタのせいよ?」
「うん、分かった。……じゃ、行こう」
「一応、ウィリアムにも誘いのメール、送っとくわ。でも、期待しないでね。
さーて。何、歌おうかなぁ……」
女子二人が去った後、漢同士でもすべきことがあった。
「共に飲むか、虎男?」
「確かに、飲みたい気分だな……。
何がある?」
「儂らが、赤ワイン以外を飲むと思うか?」
「……違いねぇ」
伯爵は、久しぶりに上等の奴を空けたい気分であったのだった。